舞うが如く8話-3「暗転」
「今さら政府の犬が嗅ぎつけた所で、麻呂たちを止めることはできぬ」
蝋燭の揺らめく灯のもとで、マシュマロ子爵は、紅を塗った口に笑みを作った。離れて覗くミズチさえ身を凍らせるほど、邪で冷たい笑顔であった。
「
「左様。憎き大公一派は内乱の後始末に追われ、各地に散らばる不満分子への監視が行き届かぬ。故に、内乱の頃から力を蓄えてきた我々の存在すら知らぬ有様で」
と、進行役が熱っぽく語る。
「思えば、長い辛抱の時を過ごしたものです。大公と、今は亡き政府の間で道化を演じていたのが、もはや遠い昔のように感じられます」
また別の誰かが発言した。
(こいつらは大公軍でも、旧政府軍でもない?)
ミズチの疑念はますます深まったそんな彼女の困惑をよそに、秘密の会議は続けられた。女剣士は耳をそばだて、大急ぎで会議の内容を紙に書く。
一刻も早くシキョウや警察に、マシュマロたちの企てを知らさなければ。
そう考えていた矢先……。
「出ておじゃれ!」
突如、マシュマロが凄みのある声をあげた。
「そこなネズミ。隠れていても、臭いは誤魔化せぬぞ!」
(バレたか!)
ミズチはほぞを噛んだ。腰の刀に手をかけ、臨戦態勢に移った、まさにその時!
大部屋の床板がめくりあがり、見覚えしかない男が飛び出した。
ミズチは瞠目した。彼女以外にも侵入者がいたのだ。しかもその人物は……。
「ガボ先生?」
ファルカタ道場の師範で、マシュマロ一派に殺された警部の兄、ガボであった。
「我が名はドガ・ガボ! 先日、貴様らに殺された弟、ゴマ・ガボの仇討に参った」
広い額に鉢巻を巻き、道着にたすきを掛けた大男の乱入に、密談の出席者たちは大いに驚いた。
……ただ一人を除いて。
「ほほう、たったの六人で麻呂を殺しに来るとは。見くびられたものよのお」
感嘆の声をあげるマシュマロ子爵。襲撃者を前にしても座したままの公家に、ミズチは強い衝撃を受けた。
この男はとんだうつけか。それとも……。
「黙れ、下種! 正義の鉄槌を下してやる!」と、ガボが怒鳴る。
「そうだ。貴様の所業も、もはやこれまでだ!」
ガボ師範の啖呵に示し合わせるように、次々と床板がめくり上がり、野良着や黒っぽい着物姿の男たちが姿をあらわす。人数はガボを含めて六人。刀や拳銃で武装し、めらめらと、闘志をたぎらせていた。
更なる伏兵の登場に、大部屋じゅうが動揺と狼狽に包まれる。
「警部の仇!」
「悪党ども、観念しろい!」
と、口々に叫ぶ男たち。どうやら、警部の部下達のようだ。ここでミズチは、昼間、ガボのもとを訪ねた警官達のことを思い出した。
(ガボ師範に会いに来たのは、仇討ちの相談だったのか)
ミズチは逡巡した。師範達に加勢するべきか。それとも……。
「黙りゃ! 下賤の分際で、麻呂の屋敷に土足で踏み入るとは不届き千万。その無礼、命で償え!」
マシュマロがドスの利いた声で威嚇。突然の豹変ぶりにガボ達は驚き、目を剥いた。
「皆の者、手を出してはならんぞ。どれ、麻呂じきじきに相手をしてしんぜよう」
音もなく立ち上がったマシュマロは、すっと、静かに刀を抜いた。
全長の短い小太刀。それも、反りの深い昔風の造りであった。
「参るぞ」
大部屋の空気が一瞬で凍てついた。
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