第4話


 ワタシの調査によると、一部の灰ゴブリンは一種の信仰対象を持っている可能性が非常に高い。


 彼らはその信仰対象から何らかの方法で力を借りて住居を建てたり、一族の未来を占ったりするようだ!


 素晴らしい、是非一度地下にあるというカレらの礼拝所におじゃまして見たいものだ!



 ソフィ・M・クラーク著


[愛すべき怪物達よ]


 より抜粋ー






 


「恐れるな。我らは気高く強い精霊に守られている」


 それが彼の父の口癖だった。


 祖霊に遺されたこの灰色の土地で灰ゴブリンの族長の息子として生まれた彼は強く偉大な父に憧れていた。


 総勢10人を超える一族を纏めるカリスマ。祖霊から愛された木を従わせる力。

 

 素手であの四つ足の怪獣を絞め殺すその腕力。


 以前、別の一族と合同は言え、あの大きな龍をすら仕留めたその狩りの才能。


 父の背中が彼の全てだった。


 父のようになるのが、いずれ跡を継いでこの一族を守る偉大な戦士になるのが彼の夢だった。


 そんな父の様子が今日はおかしかった。


 早朝、一族の7人の戦士を集めて集落の地下にある礼拝所でなにかの話をしているのを彼は知っていた。


 バタバタとそれが終わり彼らの住居に戻ると、彼と彼の母親。それに妹と弟に対して父はこう言った。


「私がいいと言うまで、地下の礼拝所に隠れていなさい。いいな、何があっても上に登ってくるのではないぞ」


 不安げな顔をした母が父に問いかける。


「あなた…、ではやはり…」


 父は母の問いかけに対して、言葉を発することはなかったがじっとその眼を見つめていた。

 

 夫婦の間にはそれ以上の言葉はいらなかったのだろう。母は父に近づき、その逞しい胸に顔を埋め、小さく呟くように祈りの言葉を口にする。


「ご武運を、祈っています。偉大なる[腕]の加護がありますように」


 父は母の頭をゆっくりと撫で、時間をかけて抱きしめる。しばらくそうしたあと、2人はまたゆっくりと離れる。まるで離れていることが不自然であるかのように。


 そして、まず一番小さな妹の所へ向かいしゃがみ込み一気に抱き上げる。妹はまだ言葉もわからない。ただあやされていることはわかるみたいでキャっ、キャっと笑っている。


 そんな妹を見て、滅多に笑わない父も目尻を深くして柔らかく微笑んでいた。強さとは優しさであり、慈しみであると彼はその笑顔を見た瞬間に理解した。


 父は母に妹を慎重に抱き渡すと、彼の弟を手元に呼ぶ。


 弟は臆病な子だ。父に狩りを教えてもらうよりも母と一緒に精霊との語り合いの仕方を習う方が好きな子だった。


 狩りに厳しい父親のことがあまり得意ではなかった。

 だがそんな弟も今日の父の様子がいつもと違うものだと気付いていたらしい。


 素直に父親のもとへ向かい、一瞬ためらったのちに父の太ももに抱き着く。


 父はビクともしなかったが、目を大きく開いていた。自分にあまり懐いていないと思っていた我が子の行動に驚いたのだろう。

 しゃがみこみ、弟の頭を撫でる。


「お前にはあまり多くのことを伝える事が出来なかった。すまなかったな。あまりいい父親ではなかったかも知れない。お前は母さん似だ。帰ってきたら本格的な精霊との通じ合い方を教えよう」


 弟はその言葉に顔をくしゃくしゃにしながら父親の首に抱き着いた。


 父はビクともせずに、目を瞑り弟の体の感触を確かめるように抱きしめていた。


「ありがとう。お父様。精霊の腕が貴方の心臓を守らんことを」


 以前母から習った祈りの言葉を父に届け弟がおずおずと父親から離れてゆく。


 父親が彼を見つめる。


 彼も父親を見つめていた。


 父親が近づき、首元に付けていたネックレスを彼に突き出す。


「私の留守をお前に託す。母さんを、妹を、弟を守れ。」


 父親は彼に対して、強い口癖でそう断言した。


 このネックレスは一族の秘宝だ。代々の族長しかつけるのを許されていない。


 半円の形をした美しい緑。住居を建てる時に出向いた森の匂いを彼は感じた。


 これを受け取るということは、今次代の引き継ぎを行うという父からの意思表示だ。彼は迷いなくそれを受け取り、自らの首に付ける。


 父親はその様子を見つめ、ニィと笑う。


 そして


「「恐れるな。我らは気高く強い精霊に守られている」」


 彼も同じように笑いながら、父と同じ言葉を紡いだ。


 父は深く頷き、彼に背を向け住居の扉を開く。


 父の背中が見えなくなっても彼はしばらくずっと扉の方を見つめていた。母親が地下へ隠れるように彼の腕を引っ張るまでずっと、ずっと見つめていた。





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