第2話


時は巻き戻り。


西暦2028年夏 7月17日 昼頃


日本入り口


ダンジョン一階層


中央区 「灰色の荒地」


「怪物種15号」生息地付近にてー




 ちゅどっー


 当たった。タイミングばっちりだ。


 ああ、これアレに似ているな。


 短い薪割り斧の柄から手袋を通じて伝わってくる感触。


 先程から何回も繰り返し、ずっとなにかに似ていると思っていたそれにようやく気付いた。


 小学生の頃夏休みに海岸でやったスイカ割り。アレによく似た感覚だ。


 多分スイカの芯に近い部分をもっと硬くしたらまさにこの感触になるのではないか?



「ギ、ギィ……ギィ」


 スイカと違うのは声を上げることと、恐らくコイツは食べても美味くはないことだ。俺はそこから思いっきり腕に力を込めて斧を更に深く押し込む。


 信じられないものを見たようにヤツの金色の目が大きく開く。まあ右片方は斧で潰してしまっているが。


 斧は頭の右側から突き刺さり、目玉も潰している。ヤツの魔女のような鷲鼻がピクピクと痙攣していた。


 斧の刃が何か硬いものに止められているようだ。


 頭蓋骨か。


 それを完璧に壊すべく柄を握っている両手に力を込めた。ハマグリのようになっている斧の刃が更に下に進んでいく。


 擦り付けるように刃を少し前後させながらその作業を進める。


 硬い物、柔らかく硬い物に前後左右に擦れ、邪魔されながらも最後にはブチュっとした物にまで到達して、食い込んだようだ。


 フライドチキンの軟骨を噛み切った時の事を思いだす。柔らかく硬いあれだ。案外顎と歯で感じる感覚と手のひらと斧で感じ感覚も似ているものだな。


 俺は呑気な事を考えながら柄を両手で握り直し、そのまま万力のようにゆっくり、ゆっくり力を加え刃を奥に差し込む。


 腕だけに力を入れるのではなく、肩甲骨と肩全体を使うのがコツだ。



 このやり方が一番いい。


 はじめは感じていた下からの抵抗感も割とすぐ消えた。


 ヤツは120センチほどしか上背がない。俺の身長は大体170センチと対して大きくないものだが、それでもヤツとは50センチも差がある。


 体重の乗る上からの振り下ろしが一番効果的だ。顔面に斧を生やしたヤツの膝から力が抜ける。


 よいしょ!


 一瞬勢いよく突き刺さったままの斧を下に押し込み、すぐに上に引き戻す。


 反動で脳みそまで到達した刃は簡単に抜けた。


 返り血が数滴、俺の右頬に付着する。


 支えを失ったヤツが仰向けに倒れこむ。顎を貫かれたボクサーと同じだ。

  違うのはこちらは二度と起き上がらないことぐらいだろうな。


「そんな目で見ないでくれよ、大将」


 右頬を手の甲で拭っていると、不意にヤツと目があった、ような気がした。


 つい30秒前までは金色に爛々と輝いていた目は今や左片方だけになっている。


 頭から血が逆流して白目の部分からは青い血が眼窩から溢れていた。


 手の甲で拭ったのと同じ色だ。


「ゴブリンの血液にはヘモグロビンが存在しない…だったか?」


 灰色の地面に青い血が流れ、すぐに乾いていく。


 今月の探検家日和にそんな記事が確か載っていたはずだ。また家に帰ったら見てみよう。ソフィ・M・クラーク先生の変態考察もまだ読んでいなかったな。


 倒れているヤツの、ゴブリンの近くでしゃがみ、半分しかない左目に手を当てる。


 ジトっとべたついた皮膚を押し下げる。瞼は無事だったおかげできちんと閉じてやる事が出来た。


 グシャグシャになっている右はまあ、勘弁してくれ。その場でまた立ち上がり、辺りを見回す。


「戦士階級の最後の一匹みたいだな」


 呟きながら最後に殺したゴブリンに目をやる。


 尖った耳、人間の小学生ぐらいの身長、ずんぐりした手足、灰色の肌。体中にあるイボ。ボロボロの布で出来た腰蓑。


 灰ゴブリン、第一階層に多く棲息している「怪物種」だ。


 コイツは迷いなく突っ込んで来た。その突進の速さや、右手に握っていた金色の鉈を見る限り、戦士長クラスの個体だろう。


 勝負自体は一瞬でついたが油断して良い相手ではない。


 毎日多くの探索者がこいつらの群れによって命を落としている。


 突進してきてちょうどカウンター気味に斧を突き立てられたのは割とラッキーだ。


 辺りを見回すと、腕が片方だけになっているゴブリンや、首の辺りを真っ青に染めて灰色の岩にもたれているゴブリンがある。


 皆、動かない。全て狩り終えた後だ。


 奇襲した割にはかなり時間がかかったな。


 総勢8匹のゴブリンの死体が俺の近くにあった。


 ゴブリンは少数の集落を形成する。


 今回の俺の仕事はその集落の襲撃と、ある品の探索だ。


 村のように丁度俺の目線と同じぐらいの高さの住居が3つほど立っている。


 ティピー式のテント、と言えばアウトドアが好きな人間なら伝わるか?


 分からないなら木で出来た三角錐を想像してくれ。それだ。


 入り口は板のような木で塞がられている。外敵から身を守るためのドアだ。


 だけどもう外敵の心配をする必要はない。


 俺は息を深く吸い、吐く。


 命懸けで、相手の命を奪って、俺の命を守った。


 今日も生き残った。


 しばらく深呼吸を続けて、目の前にあるゴブリンの住居を見つめる。


 さて、ここからが仕事の始まりだ。


 探索を始めよう。


 目の中の黒目が大きくなったような不思議な感覚、昏い高揚感に心臓を弾ませながら斧の柄を手が痛くなるほど強く握りしめる。


 俺はその家の1つにバットを真横にフルスイングするように斧をぶつけた。


 あれっ、この感触、何かに似ているな。

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