まだ話したいことがあります。

灯束甲兎

第一話 最初の物語が始まるまでの物語

 「本当だったらいいなと思えるような空想の話や、嘘のようだけど本当に起こった話いろんな話を知っているんだけど聞いてみたいかな?」




 あの店に初めて行った日に言われた言葉。

最初にあの人の声を聞いた言葉。

聞いてるだけで、心地よくどこか懐かしい、

そして何よりも弱々しくはなくても儚い声。




 9月中旬の休日、寒がりな僕は早くも長袖に腕を通して外に出た。

冬がまだまだ先だと思うと、

今から憂鬱ゆううつになってくる。


僕は自転車にまたがると目的地に向かって自転車を漕ぎ始めた。

その目的地とは、大きな通り沿いにある1つの小さな喫茶店。

店の中は一言で表せば狭く、カウンターに椅子が1つしかない。

おそらく儲けを考えてというよりは、

店主の趣味のために開いている店のような気がする。


そんな喫茶店に向かって僕にとっては寒空の下自転車を走らせる。




「いらっしゃいませ。飲み物はコーラでいいですか?」


店に入ると直ぐに、待ち構えていたかのごとく

小柄な少女が勢いよく注文を聞いてきた。

少女は長くて思わず魅入ってしまうような黒髪に、

それと対比するように真っ白なワンピースをまとっていた。

喫茶店なのにエプロンもせず真っ白なワンピースってよくよく考えると汚れたりしそうなものだがこの喫茶店に限って言えばそんな懸念けねんは必要ないのかもしれない。


「喫茶店なのにコーヒーじゃなくてコーラ何ですか……」


「私、コーヒーの挽き方?って言うんですかね、

それわからないんですよ。」


 メニューにコーヒーないのに喫茶店なんだ……

とはいえ、どうせ甘党というか苦かったり大人の味と言われるものが苦手な

僕としては、結局コーラを頼むことになるだろうから気にすることもないのだけれど。


「今日は話したいですか聞きたいですか?」

「あ、コーラでいいですよね?」


「コーラでお願いします。話ないので聞く方で。」


「わかりました。というか予想どおりですね、

さすがにこの店に来たの2回目で話持ってきてる人なんて今までいないですからね。」


と言いながら彼女は僕の前にコーラを差し出す。


「どんな話がいいですかね?SFっぽいやつや、恋愛もの、他のお客さんが話してた出来過ぎじゃないかって思うような人生成功話、逆に嘘のような不幸話、私がいろんな小説を読んでいろんな要素を合わして作った駄作なんかもありますね。」


「おすすめみたいなのがあればそれがいいんですけど。」


一呼吸で一気に話すからたくさん話があるってこと以外何もわからなかった。


「そうですね、1つに絞るのは難しいですけど。2回目のお客さんですから

簡単で短めの話の方がいいですよね。」

「あ、そうだこれがいいですね。」


そして彼女は語り出す。弱々しくなくても儚いそれでいて物語に引き込まれるような声色で。



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