第53話
マコトさんが家を出て行ってからの時間の流れはとても遅いように感じた。
早く。
一刻も早くマコトさん帰ってきてと祈るしかない。
どうか、元魔王様がこの世を離れてしまう前に、どうか最期の願いを叶えてあげたい。
それはプーちゃんも同じ気持ちだったようで、
『・・・遅いのだ。マオマオ・・・我も酒を探しに行ってくるのだ・・・。しばし待っていてくれ。』
プーちゃんはそう言って部屋から出て行こうとする。
だけれども、プーちゃんのこの竜の姿でどこで酒を購入できるというのだろうか。
プーちゃんがお店に行ったところで皆びっくりしてしまって買い物どころではないだろう。
キャッティーニャ村ではプーちゃんも少しは慣れてきてはいるようだが、やはり村人たちの視線には今でも恐怖がどこかしらに交じっているのだ。
「プーちゃん。マコトさんはすぐに戻って来てくれるから。だから、プーちゃんは元魔王様の側にいて。」
私はプーちゃんを説得する。
プーちゃんはそれでも外に行こうとしていたが、やはり元魔王様の方が気になるのか、外へ向かうドアと元魔王様の顔を何度も交互に見ていた。
お酒・・・。
本当にお酒はこの家の中にはなかったのだろうか。
私の鞄の中にもお酒はなかったのだろうか。
なんだか、頭の片隅に引っ掛かるものがある。
よく思い出せ。
よく考えるんだ。
どうしても『お酒』という言葉が気になってしまう。
なんだか大事なことを忘れてしまっているような気がするのだ。
『のぅ、マユ。』
「なに?」
考えていると、心配そうに元魔王様を見つめていたタマちゃんがいつの間にか私の横に来ていた。
『マユが美味しそうに飲んでいたシュワシュワする黄金色の化粧水。あれも酒ではなかったのかえ?マユはアレを飲んで酔っているように見えたのじゃが・・・。』
「え・・・。」
『あれは、酒ではないのかえ?』
タマちゃんが言っているのは私が飲んでいたビール味の化粧水のことだろう。
確かにビールはお酒だ。
だが、あれはビール味の化粧水ってだけでお酒ではなく化粧水なのだ。
でも、なぜか私はあの化粧水で酔ってしまったのだ。
「もしかして・・・味だけがビールではないの?」
もし味だけがビールだったとしたのならば、ノンアルコールビールのように飲んでも酔うことはないだろう。だけれども私は酔ってしまった。
つまり、あの化粧水はお酒でもあるのだ。
私はそこのことをタマちゃんから指摘されて気づくと、慌てて鞄の中に手を突っ込んだ。
確かまだ一本だけビール味の化粧水が残っていたはず。
「・・・あった!タマちゃんありがとうっ!!」
よかった。あった。
私は満面の笑みを浮かべてタマちゃんにお礼を言うと、プーちゃんの元にビール味の化粧水を届けた。
「プーちゃん。これを飲ませてあげて。」
『・・・これは?』
「お酒だよ。ビールって言うの。」
私はそう言って化粧水をプーちゃんに手渡す。
プーちゃんは『お酒』という言葉に目を見開き化粧水をしばらく見つめていたが、すぐにハッとして化粧水の蓋を開けた。
そうして、元魔王様の口元に化粧水を近づける。
だけれども意識が朦朧としている元魔王様は化粧水をそのまま入れ物から飲むことができないでいる。
私は鞄の中を漁ると吸い飲みを取り出した。
実はこの吸い飲みはマコトさんが用意してくれていたものだ。
マコトさんに連絡を取ったときに吸い飲みはあるかと尋ねられたのだ。
ないと答えたらこの吸い飲みをマコトさんが用意してくれた。
「プーちゃん。化粧水をちょっと貸して。」
私はプーちゃんから化粧水を返してもらうと、その中身を吸い飲みの中に注いでいく。
「これで、飲ませて見てくれるかな?この先の細くとがっている方を元魔王様の口に含ませてから、ゆっくりと吸い飲みを傾けてみて。」
『・・・わかったのだ。』
プーちゃんは元魔王様の最期の望みを叶えたい一心で、私の指示に従い少しずつ化粧水を元魔王様に飲ませていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます