第52話

 


 


 


緊迫したプーちゃんの叫び声に、良くないことを思ってしまう。


そう。例えば元魔王様がついに息を引き取ってしまった。とか。


こんなにも切な気で辛そうなプーちゃんの声なんて初めて聞いたんだもの。


「プーちゃん何があったの!?」


「えっ!あのクソ竜からですかっ!?まさかっ!マオマオ様になにかあったわけじゃありませんよね!あのクソ竜にマオマオ様のことを任せておくべきではありませんでした。私としたことが、とんだ失態です。」


プーちゃんの名を出したことで、元魔王様になにかあったのではないかと勘ぐったタイチャンが私の隣で騒ぎたてる。


ここで騒ぎ立てたところでプーちゃんにはタイチャンの声は聞こえないのだが、私がプーちゃんの声が聞き取り辛くなる。


ただでさえプーちゃんの声が緊迫していて、早口で単語をまくしたてているものだから何を言っているか理解するのが難しいんだから。


「・・・タイチャン黙ってて。」


「・・・はい。」


私が低い声でタイチャンにお願いするとタイチャンはすぐに大人しくなって私の隣に正座をした。


どうやら私とプーちゃんの念話が終わるまでここで待っているらしい。


元魔王様のことがとっても気になるんだろうな。


『マオマオが・・・。マオマオが・・・。意識が・・・マオマオ・・・。咳・・・苦しそう。マオマオ・・・。』


「プーちゃん落ち着いて。今すぐそっちに行くから。」


まだ元魔王様はかろうじて生きているようだ。


ぐずぐずと鼻をすするプーちゃんの音が聞こえてくる。


だが、聞き取れた言葉を反芻してみれば、まだ元魔王様は生きているということだ。


今すぐプーちゃんたちの元に行けば、元魔王様の最期に立ち会うことができるだろう。


だが、私は転移の魔法を使えない。


使えるのはプーちゃんだが、このような状態のプーちゃんに転移をお願いするのはしのびない。


それに、元魔王様が危篤状態で混乱しているプーちゃんに転移の魔法を使わせたら全然別の場所に飛んでしまう可能性もあるし。


危篤状態の元魔王様をこちらに転移させてしまう可能性がある。


危篤状態での転移は元魔王様の身体に負担が多すぎる。もしかするとそのまま息を引き取ってしまう可能性もあるのだ。


そう思うとプーちゃんには頼めない。


なら、どうするか。


歩いて行ったんじゃ間に合わない。


「タイチャン。元魔王様が危篤状態みたい。ねえ、魔族で転移の魔法が使える人はいないの?」


「マオマオ様っ!すぐにお側に参りますっ!ですが、転移の魔法なんて伝説の魔法を使えるようなものは魔族にはおりません。ここから飛んで行ったとしてもマオマオ様の元に着くのは半日後でしょう・・・。マユ、なんとかしてくださいっ!!」


どうやら魔族の中にも転移の魔法を使える者はいないようだ。


困ったなぁ。


移動に半日もかかってしまったら元魔王様の最期に立ち会えないかもしれない・・・。


どうしよう。


心を落ち着かせるために、マーニャたちに目を向ける。


マーニャたちは急に慌てだした私たちを見て、きょとんとした表情をしてこちらを見つめていた。


「あ・・・マコトさん。」


マーニャたちを見ていたら、マーニャたちの両親であるシロとクロのことを思い出した。


シロとクロだったら転移の魔法を使える。


私はすぐにマコトさんに念話を送った。


  


 


 


マコトさんに連絡をいれると、マコトさんは二つ返事で頷いてくれた。


ただ、報酬としてプーちゃんの爪を要求されたけれども。


爪は切っても伸びてくるから問題ないと判断して私は了承した。


きっとプーちゃんも爪くらいなら許してくれるだろう。たぶん。


そうして私たちはマコトさんの協力を得てプーちゃんと元魔王様が暮らしているキャティーニャ村にある私の家に転移したのだった。


『マユーーーーー!!!マオマオが・・・マオマオが・・・。』


転移した途端に私の気配を察知したのか、プーちゃんが飛んできた。


そうして止まらずに私の身体にタックルをかましてくる。


「ぐぇ・・・。」


おっと乙女らしからぬ声がでてしまった。


でも、プーちゃんのタックルを受けたのだ。許して欲しい。


「プーちゃん、お、落ち着いて・・・。」


『マオマオ・・・。マオマオが・・・。マオマオ・・・。』


「わかったから。元魔王様に案内してくれるかな?」


プーちゃんはよほど焦っているのか元魔王様の名前ばかりを呟いている。


それでも、やっとの思いで元魔王様の元に案内してもらえた。


元魔王様は豪華ではないが、質のいいベッドで横たわっていた。


「マオマオ様っ!!」


すると、元魔王様の姿を見て、私の身体を押しのけるようにタイチャンが前に躍り出た。


そうして、元魔王様の元に駆け寄っていく。


その姿をプーちゃんは見ていたが何も言わずに自分も元魔王様の元に近寄っていき、元魔王様の骨と皮しかない細い腕を丁寧にさすっている。


もう、ベッドから起きることもできないようだ。


「元魔王様はいつからこんな状態なの?」


私はプーちゃんに問いかける。


元魔王様とプーちゃんの間を邪魔しちゃいけないと思ってそっとしておいたのだが、そっとしすぎてしまっていたようだ。


まさか、元魔王様がこんな状態になるまでプーちゃんから連絡がこないとは思わなかった。


『・・・今朝からなのだ。今朝、我が起きてからマオマオは目も開けてくれないのだ。我の問いかけにも答えぬ。』


プーちゃんは愛おしそうに元魔王様の指に自分の指を絡めるとそれを目の前に持ってきて祈るように目を瞑る。その瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちる。


「ご飯はいつから食べていないの?」


『・・・今朝からなのだ。昨夜までは食べてくれていたのだ。・・・でも弱っているのは手に取るようにわかったのだ。寝ている時間の方が多かったから。』


離れたくないとプーちゃんは元魔王様に覆いかぶさる。


もう離れていたくないとばかりに。


「・・・女王様には連絡したの?」


『・・・今朝までここにいたのだ。でも、この状態になったら出ていってしまったのだ。』


どうやら女王様はここから出て行ってしまったようだ。


なにかしら女王様には思うところがあってのことだろうが。


それとも、最期はプーちゃんと元魔王様を二人っきりにさせてあげたかったのだろうか。


もしそうだとするならば、私たちがここにいるのは女王様の思いを壊すことになる。


『っ!!どうしたのだっ!!なんだっ!!』


しんみりとしていると、プーちゃんが急に声を上げた。


そうして、元魔王様の口元に耳を寄せる。


どうやら、元魔王様が何か呟いたようだ。


私には聞こえなかったけれども、そばについていたプーちゃんには聞こえたらしい。


元魔王様の口元が微かに動く。


『わかった・・・。わかったのだ・・・。』


プーちゃんはそれに確かに頷くそぶりをして、私の方に視線を向けた。


『マオマオは・・・喉が渇いたと。酒が飲みたいと言っておるのだ。』


「そう・・・。でも、お酒は・・・。」


出来るのならば元魔王様の最期の願いを叶えてあげたい。


でも、生憎ここにはお酒の類はない。


「私が買いに行ってきますね。」


ここにお酒がないことを察したのか静かに様子をうかがっていたマコトさんがそう提案してくれた。


私はそれに対して「お願いします。」というしかなかった。


マコトさんが戻ってくるまで、元魔王様が頑張ってくれるといいんだけど・・・。


 


 




 


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