第40話
玄関のドアを開けるとそこには、女王様が立っていた。
外が暗闇だからか、女王様の表情はどことなく暗いような気がする。
それに、いつもの威圧感が鳴りをひそめていた。
なんだか、全然違う人に見える。
あの禍々しいまでの威圧感がないと女王様ではないように見えてしまう。
きっと今目の前にいる女性とどこかですれ違ったとしても女王様だと判断ができないだろう。
「ああ、マユ。魔王はどうであった?」
破棄のない声で女王様は私に訊ねてくる。
なんだろう。ほんとうに調子が狂う。
「あの・・・うち狭いですけどよかったら上がってください。外は暗いですし、明るいところで座ってお話させていただきます。」
私はそう言って女王様を家の中へと招き入れた。
「感謝する。」
女王様はそう一言言うと、家に上がった。
そうして、案内された椅子に座った。
女王様がどこか意気消沈しているようにも見えるので、ホットミルクを作って女王様の目の前に置いた。その一連の動作をクーニャがじぃっと見つめている。
どうやらクーニャもホットミルクが欲しいようだ。
しかし、女王様のホットミルクを奪うほどではないらしい。
そこはどうやらクーニャもわきまえているようだ。
「魔王様はお元気でしたよ。」
コクリと女王様がホットミルクを一口飲んだことを確認してから私は話を切り出す。
女王様は、
「そう・・・。」
と、呟きホットミルクをテーブルの上に置いた。
その声には元気がなさそうだ。
『ミルク飲まないならクーニャにちょうだいなのー!!』
女王様がテーブルの上にホットミルクを置くと、待っていましたとばかりにクーニャがテーブルの上に飛び乗ってきた。
そうして、テーブルの上のホットミルクの隣に座り込み、女王様をじぃっと見つめておねだりをする。
「ちょっ・・・。クーニャ。クーニャの分のミルクは別に用意するから。それは女王様のだよ。」
私は女王様に用意したホットミルクを欲するクーニャに慌てて待ったをかける。
いくらなんでも、お客様にだしたものをねだるのは良くない。
「ふふっ。おまえは可愛いな。私の残したものでよければ飲むといい。」
女王様はどこか悲し気に笑うとクーニャにホットミルクを差し出した。
『ありがとーなのー。嬉しいのー。』
クーニャは女王様に差し出されたミルクを嬉しそうに小さな赤い舌でチロチロと飲み始めた。
本来、猫という生き物は牛乳を飲めない。
というのも、牛乳に含まれる乳糖を分解するための酵素が猫は少量しか持っていないからだ。
そのため牛乳を飲むとお腹を壊してしまう。
だけど、今回女王様に出したホットミルクは牛乳から乳糖を分解したものである。
この世界というかこの国は牛乳は乳糖を分解したものしか市場に出回っていない。
以前そのことを不思議に思ってマリアに確認してみたら、猫が間違って牛乳を飲んでお腹を壊さないように牛乳は必ず乳糖を分解したものしか市場にだしていないということだった。
本当、徹底しているな。この国。
「・・・ねえ、マユ。魔王は私のことをなんと言っていた?」
女王様はおずおずと訊ねてきた。
「女王様・・・。魔王様は女王様がなぜ来てくれないのかと悲しんでおられましたよ。」
実際には何故来ないのかと拗ねてたけど。
ここは悲しんでいたと伝えることにする。
結局拗ねていたのは女王様が来なかったことが悲しかったということなのだから。
「魔王は苦手だ。聞いたんだろう?魔王と私の関係を。」
まあ、確かにね。
私も魔王様のあの凍てつくような威圧感は苦手だ。
「はい。魔王様が教えてくださいました。女王様は魔王様の娘だとか。」
「そうだ。私は、魔王の娘なんだ。」
そう言って女王様は静かに目を伏せた。
こうして、大人しくしてるとこの女王様ってすっごく美人で魅力的だな。
普段は威圧感がすごくて近寄りがたいけど。
でも、このギャップを見たらコロッといってしまう人が何人もいそうな気はするんだけど。
「なのに、私は弱い。」
「へ?ぜんぜん弱いとは思いませんけど。っていうか女王様強すぎです。プーちゃんにも勝てそうじゃないですか。」
「いや。私は弱い。プーちゃんにだって、卑怯な真似をしなければ勝つことができない。」
「いやいやいやいや。卑怯な真似しても普通は勝てませんから。」
「ハルジオンなら卑怯な真似をしなくても勝てる。」
「ハルジオン・・・もとい村長さんは元勇者だったんでしょう?勇者だったらプーちゃんに勝てないと。」
「でも!私は勇者ではないが、魔王の娘なのだ。魔王の娘がプーちゃんに勝てないなど・・・。」
女王様は自分が弱いと思い込んでいて魔王様に会わせる顔がないようだ。
ただ、私から言わせてもらうと女王様は十分強い。
プーちゃんの強さが桁外れなのだ。
しかも、最近は私の作ったトマトでかなりドーピングしてるし。
今ならもしかしたら魔王様も村長さんも勝てない。と、思う。
ちなみに勇者ハルジオンというのは若かりしころの村長さんのことだ。
今は見る影もないけど。
「んー。じゃあ、プーちゃんと魔王様が戦って魔王様がプーちゃんに負ければいい?そうすれば魔王様もプーちゃんに勝てないんだから、女王様が弱いなんてことはなくなるよね?」
なにやら女王様の強さの基準が魔王様となぜかプーちゃんなので、プーちゃんと魔王様が勝負をしてみればいいのではないかと純粋に思った。
そうすれば、女王様も如何にプーちゃんが強いのかってことがわかるし。
魔王様も勝てないプーちゃんに勝てないのは普通ってことになるし。たぶん。
って、魔王様があっさりプーちゃんに買っちゃったら取り返しがつかなくなってしまうかもしれないけど。そこはプーちゃんにドーピングして頑張ってもらうことにしよう。
「それはそうだが・・・。」
女王様は私の勢いに押されたのか小さく頷いた。
うん。もう、これは押し切ろう。
ぐぐぐっっと押し切ろう。
「大丈夫だって。プーちゃんとてつもなく強いから。だから女王様は弱くなんてない。もっと胸をはっていいと思います。」
「・・・マユがそこまで言うなら、そうなのかもしれない。」
よし!
これでプーちゃんと魔王様の勝負を見るってことで女王様を魔王様に会わせることができそうだ。
それに、魔王様にプーちゃんが勝てば女王様のコンプレックスも解消しそうだし、まさに一石二鳥だよね。
私、すっごいじゃん。
頭いいじゃん。
一石二鳥を狙えるなんて。
そう思った私は、大事なことを忘れていた。
魔王城に行ったとき、プーちゃんが魔王様に会いたくないと言って出てこなかったことを。
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