第38話

 


 


 


「ふっ・・・ふふふふふっ。パールバティーめ。そう来たか。それをこの娘に託すのか。」


こ、怖いっ・・・。


女王様からの伝言を魔王様に告げると、魔王様は仄暗く笑った。


その表情は今から誰かを殺しそうな雰囲気さえ漂わせている。


魔王様の負の空気にあてられて私の身体はガクガクと震えだした。


『・・・にゃ。』


『にゃ・・・。』


『うみゃ・・・。』


マーニャたちも魔王様の気に圧倒されているのか、同じようにブルブルと震えて私に引っ付いている。


って、怖いのはわかったから爪は立てないで。


足に爪が突き刺さって痛いの。


『うーむ。マオマオよ。マユたちが怖がっておるのじゃ。怒らないのではなかったのかえ?』


タマちゃんだけが冷静に魔王様に対して指摘する。


ちなみに、ライチャンとタイチャンも魔王様のあまりの迫力に顔を青ざめさせて立ち尽くしていた。


ミギーとヒダリーにおいては、ティーカップの中の紅茶に頭まで使ってしまっているのか、姿が見えなかった。


「儂はマユに対して怒らぬとは言った。じゃが、うちのバカ娘のパールバティーに対して怒らぬとは言っておらん。」


どうやら魔王様は女王様に対してお怒りのようだ。


でも、魔王様が激怒するような内容ではないと思うんだけど。


ただ、女神様が眠りについている間は手を結びましょうという話だ。


まあ、確かに魔族という力の強い種族が人間という力の弱い種族と手を取り合うのは不本意かもしれないけど。


でも、そしたらなぜ人間の王と魔族の王の娘であるパールバティー女王が存在するのであろうか。


きっと魔王様は人間のことをか弱いだけの種族として見下しているわけではないと思うのだ。


『マオマオよ。気持ちはわかるのじゃがな。ここでマユやお主の配下に当たっても仕方があるまい。パールバティーに直接言うのじゃ。』


「ぐっ・・・。わかっておる。じゃが・・・儂からパールバティーの元に訪ねていくのはあり得ぬ。パールバティーを連れてくるのじゃ。」


タマちゃんが魔王様をなだめてくれているので、少しは魔王様の強い気も収まっていく。


でも、タマちゃん。


魔王様の気持ちがわかるってどういうことだろうか。


タマちゃんも魔族と人間が手を取り合っていくというのは反対ということなんだろうか。


違う種族が手を取り合って生きて行っても構わないと私は思うのだけど。


「ね、ねぇ。タマちゃん。そんなに魔族と人間が手を取り合って生きていくのは良くないことなの?」


つんつんとタマちゃんの着物の裾を引っ張ってタマちゃんに問いかける。


もちろん魔王様に聞こえないように小声で、だ。


すると、タマちゃんは目を大きく見開いた。


「なぜそうなるのじゃ?」


あ、あれ?


てっきり私は魔族と人間が手を取り合うのが反対だから魔王様が怒っているのだと思ったのだけれども。


タマちゃんのこのきょとんとした表情を見ると、私の考えは違うのだろうか。


では、なんで?


「いや、だって、魔王様めちゃくちゃ怒ってるから・・・。」


一体魔王様は何に怒っているというのだろうか。



 


 


 


魔王様はかなり怒っているようで魔王様の周りを凍てつくような空気が取り囲んでいる。


でも、タマちゃんは魔王様の怒りの原因が人間と魔族が手を取り合うことにあるのではないという。


では、なぜ魔王様はこんなに怒り狂っているのか。


その理由はタマちゃんが教えてくれた。


『マオマオは拗ねておるのじゃ。』


「はい?」


タマちゃんが教えてくれた理由が意外すぎて思わず聞き返してしまった。


魔王様が拗ねているってどういうこと?


誰に拗ねているのか・・・って、まさか女王様に拗ねているのだろうか。


っていうか、拗ねているだけで周りを瞬殺しそうなほどの威圧感を出せるってすごいと思うんだけど。ってか、はた迷惑。


「まさか、女王様に拗ねているの?」


『そうなのじゃ。娘が会いに来てくれないから拗ねておるのじゃ。しかも、他の国にはパールバティーが赴くのじゃろう?それなのにマオマオのところにはパールバティーが来ないでマユが来たから拗ねておるのじゃ。』


「・・・・・・・・・。」


まさか、自分の娘が直接来なかったことに拗ねているとは・・・。


女王様は魔王様には会いたくないような感じだったしなぁ。


『マオマオはパールバティーに会いたいのじゃよ。』


「でも、女王様は魔王様に会いたくない、と?」


『そうじゃ。』


私の推測に、タマちゃんはしっかりと頷いた。


・・・なんだろう。この展開。


まさかの家族間のしがらみが魔王様の怒りの原因だっただなんて。


これさ、完璧に私たちってとばっちり受けてるよね?


『マオマオはパールバティーのことを愛でているのだがなぁ・・・。いかせんパールバティーがマオマオを嫌悪しておるのじゃ。』


女王様は自分のお母さんが嫌いだったのか。


でも、なんで女王様は自分のお母さんのことが嫌いなのだろうか。


まさか、魔王だからとかいうことはないよね?


魔族と人間が敵対関係にあったから、とか?


「・・・元々、魔族と人間は敵対関係とかだったの?」


タマちゃんは市松人形のように見えても、もう何千年もの時を生きているのだ。


物知りなタマちゃんだったら、きっと過去の出来ごとも知っているだろうと思って確認してみた。


『んにゃ?なぜそのような話になるのじゃ?』


「いや、だって。元々魔族と人間が敵対関係だったから、女王様が魔王様のことを嫌っているのかなって思って。」


しかし、タマちゃんによると魔族と人間が敵対関係だったということはないらしい。


『ふむ。まあ、魔族にとって人間は脅威にもならぬからのぉ。それほど仲は悪くはなかったと記憶しておるのじゃ。』


「そうなんだ。じゃあ、なんでだろう。女王様が魔王様を嫌っているのって。理由を知ってる?」


女王様が魔王様のことを嫌悪していると言ったのはタマちゃんなのだ。


きっと、女王様が魔王様のことを嫌悪している理由もタマちゃんだったら知っているのではないかと思って問うてみた。


タマちゃん、魔王様と仲がいいみたいだし、知っているような気がしたのだ。


しかしながら現実は・・・。


『知らぬのじゃ。興味はないゆえにマオマオに訊ねたことはないのじゃ。』


タマちゃんは女王様が魔王様を嫌悪する理由を知らなかった。


いや、普通はさ。


魔王様と仲がいいのであれば、ちょっと魔王様と女王様の仲を取り持つような行動ってとらないのかな?


え?


余計なお節介だって?


でも、さあ。ほら、やっぱり仲が良いことに越したことはないしさ。


しょうがない。


ちょっと、怖いけど、ここは私が女王様と魔王様の仲を取り持とうかな。うん。


・・・かなり、怖いけど。


  


 


「ま、魔王様?あの・・・。」


「なんじゃ?」


魔王様に話しかけると、魔王様は無表情で私の方を向いた。


「ひぃ・・・っ。」


魔王様の両目はミギーとヒダリーがティーカップの中にいるせいか、魔王様の目の位置には真っ暗な空洞があるだけだ。


その不気味さに思わず私は悲鳴を上げてしまった。


「ああ・・・。人は目が無いと儂が怖く映るのじゃったな。ふむ。ミギーにヒダリーよ。儂の元へ戻ってこい。」


「「は、はぁ~い・・・。」」


魔王様の呼びかけにミギーとヒダリーが嫌々ながらに応じる。


うん。多分、ミギーとヒダリーも今の魔王様の威圧感が怖いのだろう。


いくらいつも近くにいるからといって魔王様の威圧感に慣れることはないのだろう。


「ぬっ!ミギーとヒダリーよ。お主ら紅茶臭いのぉ。水で洗ってくるのじゃ。」


「「は、はいですぅ~!」」


ははっ・・・。


ミギーとヒダリーってばずっと紅茶風呂の中にいたから紅茶の匂いが移ってしまったようだ。


魔王様はミギーとヒダリーに水で身体?を洗ってくるように命令していた。


もちろん、ミギーとヒダリーは頷いて急いでライチャンに水を用意してもらって、ティーカップの中でごしごしと目玉を洗っている。


っていうか、ライチャンってばティーカップを用意するのに随分と手慣れているようで、いつもこんなことをしていたのだろうかと勘ぐってしまう。


しばらくして、身体・・・もとい義眼を綺麗に洗ったミギーとヒダリーが魔王様の目の中に飛び込んでいった。


これでやっと魔王様の顔が普通に見られるようになる。


「して、マユとやら。儂に何を言いかけたのじゃ?」


魔王様が私の方を向き直り確認をする。


「私が女王様を連れてきます。だから、女王様とお話をしてください。」


「うむ。儂から願い出ようかと思っていたのだがのぉ。マユから言ってくれるとはありがたい。あのバカ娘を是非儂の元へと連れてきてくれ。」


「はい。わかりました。」


魔王様は私が女王様を魔王城へ連れてくると言ったからかご機嫌そうに笑った。


その笑みは今まで見たよりも自然で、優しさに溢れている笑みだった。


まるで魔王様とは思えないような笑みであった。


 


 


 


 


 


 


『マユ、あのような約束をしてパールバティーを本当に連れてくるのかえ?』


魔王城を後にした私たちは一路レコンティーニ王国に向かって歩いていた。


「ええ。連れてきます。きっと仲直りさせてみせます。」


『マユはお節介という言葉をしっているかの?』


「・・・知ってます。お節介かもしれないけど、魔王様の笑顔を見ちゃったらやるしかないです。」


『マオマオが余計に悲しむことになってもか?』


「うっ・・・。」


タマちゃんの言葉に、私は思わず立ち止まってしまった。


確かに、私がどうこうできることではないのかもしれない。


女王様が魔王様を嫌う理由はもしかしたら解決できないかもしれない。


それでも、もう二人ともずっと会っていないようだったので、一回は引き合わせたいと思った。


お節介と言われようとも。


もしかしたら、お互いの誤解がもとで女王様が魔王様のことを一方的に嫌っているかもしれないからだ。


『首を突っ込むのなら覚悟はしておくのじゃ。よいな。』


「・・・はい。」


『よし。じゃあ、プーちゃんよ。そろそろ姿を現すのじゃ。』


『・・・魔王は?』


『ここにはおらぬぞ。』


タマちゃんの言葉を聞いて、プーちゃんが姿を現した。


そう言えば、プーちゃんもなんで魔王様には会いたくなかったのだろうか。


もういろいろと不思議なことばかりである。


『一度、マユの家に戻るのじゃ。』


そうして、私たちはプーちゃんの転移の魔法で家路につくのであった。


 


 




 



 


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