猫は人類の歴史に
鐘辺完
猫は人類の歴史に
深夜。
家路を辿る。誰の姿も見えない寝静まった街を俺は歩く。
月極駐車場の前を通りかかると、目の前を黒い影が横切った。猫だ。なにげなくその猫を目で追うと、駐車場に他にもぽつりぽつりと猫がいるのが見える。
集会であった。
俺はあまり猫が好きではなかった。
「犬派? 猫派?」
「犬が好きってわけじゃないけど、猫のほうが苦手だな。猫はどっちかというとこの世のものじゃないって感じがするから」
「化け猫とか猫股とか?」
「そう。得体の知れない感じがする」
深夜の駐車場で猫はなんのために集まるのか。気になってネット検索をしたら、縄張り関係でのコミュニケーションだとかなんとか。
「じゃあ犬のほうに無関心なんじゃない。あなた猫派になるでしょ」
『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』だと何かで聞いたことがある。『嫌い』の意思を向けられるよりは『無関心』にされるほうが猫としては嬉しいんじゃないかと思う。
そうだ。俺は犬には無関心だ。犬山市にも犬吠埼にも行ったことがない。そう言えば猫がついた地名の場所にも行った覚えはないぞ。群馬や高田馬場には行ったことがあるから俺は馬に関心があるのかといえばない。
いや落ち着け。犬がついた地名に行ったことがないというのは冗談だ。真剣にその続きを考えるんじゃない。自分の思考内の冗談に振り回されるな。
俺は足を止めて「猫」がついた地名をスマホで検索してみる。
市町村名にはなくて町域名でも20しかない。
これなら猿や猪のほうが地名に多いのではないか。
猫は歴史上、地名にされないための工作をし……。
いや猫はそんなことをしない。する意味もない。
そんなことに陰謀とかなんとか言ったら日本の市の名前で「け」から始まるのが気仙沼市しかない(下呂市は「げ」でこの場合別とする)のにも不自然を感じないといけない。他国の地名でも「ケ」で始まるのは案外思いつかない。
「ハレとケ」のケのほうが地味だから頭文字から忌避しているのか。とか考えだしたきりがない。
この駐車場で集会する猫たちはおそらく定期的に集まっているのだろう。彼らが情報交換してるのがもしかしたら地名に「猫」をつけられないようにするために見張っている情報のやりとりかもしれない。
「猫」がつく苗字も少ない。
猫は日本で何かを隠しているのかもしれない。他の国のことは知らない。
『猫は九つの命を持つ』とか『好奇心が猫を殺す』とかの諺は外国から来たものばかりだ。日本で昔からの諺や慣用句なんか『猫に小判』『猫にまたたび』『猫も杓子も』……割とあったな。
ちなみに『窮鼠猫を噛む』は鼠が主体だから除外だ。
落ち着け。俺は何を考えている? 俺は猫が嫌いなのか? なぜ猫のことを考えている? 猫という字が入った苗字は「猫田」が1位で全国に約二七〇人いるとか検索してどうする?
猫は16時間も寝てるのだ。そんなに人間に影響する力はない。「ケ」がつく地名が増えないようになんか猫にできるはずがない。
ハッ!
気がつくと猫集会にいた猫たちが私を囲んでいた。
なんだ? 私がおまえたちにまずいことを考えていることがわかったのか?
そんなはずはない。猫が俺の思考を読めるわけがない。
わけが……。
一匹の猫と目が合ってしまった。
そうだ。イエイヌはセントバーナードという大きなものがいるが、イエネコにそれに匹敵するものがいないのは、犬と比べて猫は戦闘力がはるかに高いため、ある程度以上大きな猫では危険だからだという。
猫の目が光る。
いやこれは単に反射してるだけで。網膜の後ろにタペタムという反射板があってそれを使って光を増幅して夜目が利くだけだ。他の動物だって同じ能力があるものはいっぱいいる。
猫なんか怖くないぞ。……ないぞ……。ない……。
「『猫』がついた苗字や地名が少ないのも『ケ』がついた地名が少ないのも猫のせいじゃない。猫は人類の歴史に大きな影響はしていない」
俺がそう宣言すると、囲っていた猫たちはその輪を解いた。
俺は改めて家路を辿る。
うーん。猫と『ケ』の関わりって『結構
猫は人類の歴史に 鐘辺完 @belphe506
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