82話 おふくろの味

「あ」


「あっ……」


それは夏の暑い日の夕方。母さんに買い出しを頼まれスーパーに寄っていた時のことだ。

頼まれた物は買って、後は適当に飲み物でも買おうかと彷徨いていた所で1人の男子がいた。


「東条……あれ?地元ここなのか?」


「あ、あぁ……つか皐月もなのか。つかまぁ川崎ならそんなもんか……」


学園の生徒のほとんどは横浜市内出身だが、その次に多いのが俺達みたいな川崎市民だしなぁ。

まぁそんなことはどうでもいいんだが。それ以上に驚いたし。


「東条お前ピアスやめたのか?3.4個付けてたろ」


「あー……あれな。いや、1週間ぐらい停学になったろ?それに関してはマジで申し訳なかった。そん時に色々考えたんだけど、人との付き合い方を改めなきゃなって思ってな。そうすりゃお前に酷い事をすることも無かったのかなって」


「あぁいや別にあれはもう良いよ。別に脳に異常とかも無いし、身体とかも十分に動く。それにあれに関しては俺とか唯も露骨すぎたしな。こちらこそ申し訳ない」


……傍から見りゃ買い物カゴを持った男子高校生2人がお互いに謝っているという状況だ。中々にクレイジーな光景である。


「だからあの件に関してはもういいよ。クラス替え無いのに細かい事で避けあったりすんのもアホらしいからな」


「……そっか。ありがとな。じゃあ仲直りの証として俺に天音さんの番号を……」


「さては反省してないな?唯の番号はやらんぞ」


まぁさすがに冗談だろう。未だに苦手意識はあるが、一時期に比べれば全然マシだ。気軽に話しかけたり冗談を言い合ったりする仲になるには時間がかかるだろうが、そこら辺はゆっくり時間をかけてな。


「じゃあ俺買い物あるから。また会ったらな」


「おう、じゃあな皐月!」


☆☆☆


兄さんは晩飯を食ってから帰るらしい。今日は久しぶりに母さんの手料理だ。ものすごく楽しみである。

寮で暮らしたいた頃の話だが、食堂で出てくる料理も美味いのだが満足は出来ないってのが多かった。そもそもその前まで食べていたのが母さんの料理だ。それ以上、またそれと同等のものを出せというのが酷な話である。


「本当に座ってていいのか?何もやらないのは気が引けるんだが」


「葵は買い出しをしてくれたからね。代わりに俺が働こう」


わぁい、お兄様優しい。とは言えやはり何もしないのは落ち着かない。

いや、誰かもう1人が座ってるならまだしも1人で何もやらずに座ってるのは気が引けるのだ。けど何か手伝おうとすると兄さんからの無言の圧力がある。

なんで俺は今、絶望的に家事が出来ない奴みたいな扱いを受けているのだろう。

いや、そういう意図は無いんだろうけど。あーいやわっかんねぇ。もういいや別に。


☆☆☆


「いただきます」


今日の夕食は色々。と言うか母さんが俺達が好きなメニューばかり作っているのがすごい。

母親だから〜とは言うが、ここに住んでたのは4年前だ。兄さんに至っては8年ほど前になるのだが。兄さんも白凰学園の卒業生だしな。


「うまっ」


本当にそれしか感想が出てこないんだよな。久しぶりの母さんのご飯と言うのもあるだろう。いや美味い。ばり美味い。

生きてる以上たくさん飯を食べる機会はあるが、やっぱこの味なんだよな。冗談抜きで世界で一番美味い料理は母さんの料理なんじゃないかなと思う。


「蓮さん蓮さん。これもどうぞ」


「ありがとう朋恵」


それにしても仲睦まじい夫婦だ。結婚20周年は既に迎えていて、その間ずっと一緒にいるのだから感心する。それに父さんも父さんで他の女性には目もくれず20年以上1人の女性を愛し続けているのだ。真実かどうかは定かでは無いが、それこそ交際前とかは母さんは冷めきっていたらしく父さんには目もくれなかったらしい。それが今ではおしどり夫婦という言葉を体現したような仲良し夫婦なのだ。人生よく分からないものである。


(正直羨ましいんだよな……)


自分が唯との事をなぁなぁにしてるって言うのもあるが。本当にそれに関しては申し訳ないとは思っている。

けどこうやってストレートに好きという想いを伝えあえる両親のことを羨ましく思うのだ。一方的に好きと言われて自分からの返事は保留。いや一方的ってのはおかしいか。こっちも好きなわけだし。

唯の事が好きだとわかっておきながらも心のどこかで「それは幼馴染だから」という思いも存在してしまう。それで恋人になってもな……と感じてしまう。

幼馴染としてではなく、恋人として唯と付き合いたいと思うのだ。

だからこうやって何歳になろうとも好き同士でいれる両親を羨ましく思う。


「良いねぇ。俺も彼女欲しい」


「兄さんモテるんだから付き合っちゃえば良いじゃん。何がダメなのかよく分からん」


「うーん……まぁなんだろうな。酷い言い方をすると付き合って一緒にしたい事とかが無いんだよな。だってさ、普通付き合ってデートだとか人生設計だとか恋人らしいことをしたいって思うだろ?相手がどう思っても俺からすれば別にそういう対象にはならないんだよな」


「つまり今はそういう対象が1人もいないと?」


「そうだな。……あ、1人だけいるわ」


「え、誰?」


「唯……かなぁ」


…………………………は?

今なんて言ったこのクソ兄は。


「ちょっと待て兄さん。な、なんで唯なんだよ!」


「小さい頃から見てきてるからかな……。葵と付き合ってるなら諦めてたけど、そうじゃないなら俺も狙ってみようかなって」


「俺の唯だ。たとえ兄さんであろうとも譲らない」


確かに幸せに出来るのは兄さんだとは思うが、したいという気持ちが強いのは俺だ。これに関しては誰にも負けるつもりは無い。

その言葉を聞いてか。兄さんがくすりと笑って言った。


「へぇ……『俺の』か。それ、唯本人に言ってやりな。喜ぶよ多分。ちなみに今までのは冗談だよ。唯は可愛いと思うけど、高校生は守備範囲外だからな」


そこで俺は気付く。とんでもない地雷を踏んでいたと。

その後、俺は質問攻めにあって初めて家族を憎むことになる。

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