79話 久しぶり
久しぶりに我が家のインターホンを押す。数秒ほどでドアが開き、母さんが顔を出した。
「葵、おかえりなさい」
「ただいま。久しぶり」
やはり自宅は良いものだ。俺が住んでるマンションでは無い、生まれ育った実家と言うのは。
マンションも住みやすいし満足はしているのだが、やはり安心感とかそう言うのは実家が勝る。
「座ってていいわよ。蓮さん5時くらいに帰ってくるって言ってたから。文也は……明日は帰ってくるって言ってたわね」
「兄さんはともかく父さんも帰ってくるのか」
あの人忙しいのにな。とは言え帰ってくると言ってくれてるのは嬉しいことだ。家族全員揃うってのが中々に久しぶりな出来事だしな。
母さんとこうして会うのも久しぶりだ。メッセージのやり取りはしてるけど。幼少期の時も周りの家族と比べても両親との関わりが少なく、どうして俺だけと思ったことはあったが、そのおかげで今の生活があるのだから特に今は何も思ってない。
「と言うか母さんは今日休みなのな」
「葵が帰ってくるって言ったから有給取ったのよ。蓮さんも快く了承してくれたしね」
「母さんも母さんだけど父さんも父さんだな」
「嬉しくなかった?」
「めちゃくちゃ嬉しいな」
こんな愚息のためにわざわざ仕事を休んだりだとかありがたすぎる。明らかに自分は出来損ないだが、それでも見捨てずに育ててくれてるのだ。
それでいて帰って来るだけと言うのに色々やってくれるのだ。本当になんで?と思うが、それを言うと準備してくれてるのに失礼だ。
「唯ちゃんも連れてくれば良かったのに」
「母さんが会いたいだけだろ?」
「まぁそうね。唯ちゃん可愛いから」
容姿云々で言えば母さんも相当なものだけどな。45歳と言われてもにわかには信じがたいだろう。俺も赤の他人として母さんを見たら多分分からないし。
さすがに若々しい派手な服装をしたりなどはしていないが、落ち着いた雰囲気の美人といったイメージがある。
性格は異なるが、イメージで言えば真尋のような感じ。唯以外には冷たいけど唯には甘々なとことかそっくりだろ。
「そういや俺ってどこで寝れば良いんだ?部屋?」
「まぁ部屋はそのままだからね。たまに掃除はしてるから安心して」
「うん安心したわ」
潔癖症では無いが掃除されてない部屋にいるのは苦痛以外の何物でもない。そもそもの話だ。俺がこの家を離れてから4年ほど。その間帰って来るのは何度かあったものの泊まるってのは無かったしなぁ。
ちなみに今回は1週間ほど世話になる予定だ。その内何日かは両親共に仕事だが、兄さんが夏休みなので帰って来るらしいからな。
すると母さんがにこにこ笑顔でこちらにやって来た。
「どうした?」
「ほら、学園のこと何か聞かせてくれるかなーって。葵、あまり話してくれないし」
「いや話しても良いけど面白くないぞ?あんま目立つ立ち位置にはいないしな」
「知ってる。それでも聞きたいな」
「はいはい、了解致しました」
☆☆☆
「……まぁそんな感じ。悪目立ちしないように、それでいて孤立もしないように過ごしてるよ。面白くないだろ?」
「それが葵の望む過ごし方なら良いと思うわ。それなりに友達もいるそうで安心よ。だからこれからも頑張りなさい」
「ん」
ありがたい言葉を頂き話は終わる……と思っていたのだが、母さんの追求が始まった。
「それで?唯ちゃんとはどうなったの?」
「……最初からそれ目当てだよなぁ」
母さんは唯のことを気に入ってるし、メッセージを交わしていても唯のことをかなり気にかけている。唯ともやり取りを行っているのだから直接聞けば良いだろう。……いや、ダメだ。今は少なくともダメだ。
だから俺は最近あった出来事のみを除いて唯とのことを母さんに話す。
「これまで通りだよ。普通に仲良い幼馴染やってるし、特に変わったことはない……かな。なんだろうな。個人的に友達以上恋人未満の関係が気に入ってるのかも」
これは事実だ。答えを出すとか言って、あれだけ唯の事が好きだと分かっていながらも交際に踏み出せない理由は関係が気に入ってしまっているから。
もっと言えば崩すのが怖いだけだが。恋人って言うのは今まで積み重ねてきた幼馴染としての関係をぶち壊す必要がある。それでいて簡単には直せないものだ。
自然消滅ってのはある意味マシであるだろう。恋人だったものが自然に仲の良い幼馴染に戻るだけ。
ただ俺と唯の性格上自然消滅を許容する事が出来ず、結局のところ関係は壊れてしまう。
付き合ってもいないのに別れる時のことを考えていても仕方ないが、友達以上恋人未満と言う居心地の良い関係を壊してまで付き合う勇気は俺には無い。
「ヘタレだのなんだの言われても結局1番しっくり来てるのはこの関係なんだよな。だから安易に壊せないって言うか……」
「まぁそこら辺は好きになさい。私とすれば最終的に唯ちゃんが義娘になるならそれで良いしね」
「俺には価値無しみたいだな」
「そんな事ないわよ?大事な息子だもの。葵が自分のことをどう思ってるかは聞かないわ。どうせ卑下してるもの。けどね?私や蓮さんからしたら、少し口は悪いけど素直でやさしい自慢の息子よ」
母さんがそう言い切る。……確かに卑下しているのは事実だ。実際に俺はこの家族の中じゃ出来損ないだ。
勉強も運動もやれば平均以上に出来ると自負しているが、実際は「その程度」までしか行けない。
何かを極めることが出来ないし、何かに熱中することも出来ない。父さんみたいに色々な地域で事業を行う事も出来ないし、母さんみたいに仕事をしながら家事まで一級品なんてことも出来ない。……兄さんみたいに全てを完璧にこなすことも出来ないしな。
けどそれも俺だ。中途半端であるから、出来た時に感動を覚えられる。
だから……そんな出来損ないでも俺は気に入っていたりする。
「まだ高校生なんだから色々考える必要なんてないわよ。ちょうど6年前には文也も同じような事で悩んでいたしね。葵は葵。ゆっくりで良いから」
「ん、そう言ってもらえると安心するよ」
その後も母さんと出来る限りの会話をする。久しぶりの親子での懐かしさを覚える会話は父さんが家に帰ってくるその時まで続いた。
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