70話 それを人々はデートと言う
「ん、おはよ。上がれよ」
「お邪魔します。ふふっ、今日は2人きりだねぇ。それにしても葵が唐突に呼ぶなんて珍しいこともあるね」
「まぁな。とりあえず後で話す」
休日の何も無い日。テストも迫る中で急に呼び出してしまったのは申し訳なく思う。
とは言え呼び出すにはやはりそれなりの理由がある。意味も無くテストが近いのに呼んだりはしない。
麦茶を注いで唯の元へ。特にこだわりも無いし、適当に安いやつを買っているので美味いも不味いも無いだろ。
「あー……暑い日に冷たい麦茶は美味しいねぇ。で?どうしたの?」
「……頼みがある」
「おぉ……急にだね。ま、葵の頼みだろう?私を誰だと思っているのさ!存分に頼ってくれたまえ!」
胸を張りふふーんと満面のドヤ顔。正直ありがたい。こういう雰囲気を作ってくれると頼みやすいしな。本当に俺には勿体ないくらいの良い幼馴染だ。
ふぅ……と息を吐いて落ち着く事にする。依頼の内容が内容だ。これはさすがに唯にしか頼めない。……いや、そもそもこんな最低な依頼をするのが間違いなのだが。
1枚のチケットを唯に手渡す。
「これって……野球のチケット?何かあるのかい?」
「兄さんに貰ったんだ。最初彼女と行く予定だったらしいんだけど、諸事情でどっちも行けなくなったからって押し付けられた」
まぁ兄さんに彼女なんていないので確実に分かっていてやったのだろう。正直ナイス。
「へぇ……て、明日じゃないか。うわっ、しかも凄い良い席……」
「唯さえ良ければ明日行かないか?テスト前で本当に申し訳ないが、無駄にするのもなぁ……って」
「構わないよ。テスト範囲は完璧さ。別に1日くらい遊んでも問題は無いからね。……うへへ」
ほっと安心する。断られたら無駄になってたし、せっかく兄さんが買ってくれたものだ。思いきり楽しむことにしよう。
東京はあまり行かないしな。神奈川だけで意外と何でも出来てしまう。
☆☆☆
おっと危ない危ない。少し声が漏れてしまったね。しかしデートかぁ……えへへ、楽しみだなぁ。葵が誘ってくるのも珍しいし嬉しい。いつも私から誘ってばかりで迷惑してないか不安だったからね。こうして誘ってもらえると安心できる。
と言うかこれは完全に来たのかな!?ついに私の長年の片想いに終止符を打つ時が来た!
えへへぇ……にやにやが止まらないよぉ。
「そ、その!葵は野球を見に行ったことはあるのかい?」
「何度か父さんに連れられて。ほら、あの人野球めっちゃ好きだから。俺も兄さんもその影響でよく見るようになったし。唯は?」
「ふぇ?うーん……見るのは好きかなぁ。ほら、私運動がね……?」
「確かに」
「そこ納得しないで?」
失礼な男だねぇ。まぁそういう所も好きなのだけど。しかしこうして球場に行く機会はあまり無いから楽しみたい。
それに……もう私は我慢の限界だ。デートという言葉を意識してしまったからね。もう……待つのはやめよう。
まぁ今はそれよりデートの話だ。
「私ここの席で1度見た事があるんだよ」
「へぇ、そうなのか。なんかプレミアムラウンジって書いてあるんだけど……」
「ふふっ、楽しみにしたまえ!ただ1つ言えることは、期待して良いよ」
☆☆☆
そして迎える翌日。デーゲームの試合なので12時くらいには横浜駅に着いておく必要がある。最初は横浜駅に集合の予定であったが、呼びに来てくれたまえと言われてしまったので寮に向かっている。
形としてはデートではあるのだが、こうして2人で遊びに行くのは慣れている。それに今回の目的は何も野球観戦のみではない。いやメインはそっちなのだが。……今回ではっきりさせる必要があるだろう。この「好き」がどう言った類のものなのか。
大きく深呼吸をして唯の部屋のインターホンを押す。テスト期間とは言え寮だ。かなりの視線があるので早いところ出てきて欲しい。
と、ドタドタッ!という音が鳴って中から唯が出てきた。
「や、やぁおはよう葵!す、少しだけ……待っててもらっても構わないかい?5分ほど……」
「全然余裕はあるし良いよ。だったら部屋入っても良いか?ここだと視線が……」
「!?だめだめ絶対だめ!入ったらだめ……お願いだからぁ!」
と泣きそうな顔で懇願してくる唯。周囲の視線が「うわ、女の子泣かしたよあの人……」という軽蔑の視線に変わる。
(さすがにそれはマズすぎる!)
「わ、分かった。エントランスで待ってるから」
「う、うん。すぐにいくから待っててくれたまえ」
赤く火照った顔で唯が言う。……こいつまさかクソ暑い中クーラー付けるの忘れてたりしたのか?なら着替える必要があるのだろう。そして着替えの最中に男がいるのは少々と言うかかなりマズイよな。ここは唯に従ってエントランスで待つことにした。
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