63話 お好みのプレイ

あれから1時間ほど経って唯はようやく会計を始めた。なげぇ……。これは確かに一緒に買い物をしたくない。


「本当にごめんね?長くて」


「いや、良いよ。付き合うって言ったのは俺だしな。他に買い物とか無い?無いよな?無いと言ってくれ」


「うん、特には無いよ。けど葵、そんなに念を押して確認する必要はあるのかい?」


「いや、それはごめん。怒ってる?」


「別にそこまで怒ってはないけれどね?はぁ……色々苦労しそうだなぁ」


肩をすくめてため息をつく唯。確かに色々苦労させてるのであながち間違いじゃないが。

だが唯は火照った顔で小さく何かを呟いた。モール内に響く声などでそれを聞き取ることは出来なかったが、小さな唇が何かを呟いていたのは分かった。


「さ、行こうか。ご飯でも食べて行くかい?」


「そうだな。時間も丁度いいし。何食べたいとかあるか?」


「いや、特には無いね。そうだね……あれに行ってみたいかな」


唯があれと指さしたもの。それは……


☆☆☆


「いただきます」


目の前で注文したカツ丼を食べる唯。1口食べてとても美味しそうに顔を緩ませている。


「美味そうだな」


「おいひぃ……食べるかい?」


「いや良いよ。次来た時にでも食べる」


そう言うと唯は再び食べ進める。1口食べる度にふにゃりと顔が緩むのだから面白可愛い。幸せそうで何よりだ。


「それより良かったのか?フードコートじゃなくても色々あったぞ?」


唯が行ってみたいと指さしたものはフードコートだった。確かにフードコートなら色々あるので自由に選べると言うメリットがある。けど唯がフードコートでご飯を食べると言うのが中々想像出来なくて驚いたのは事実だ。


「いや満足さ。私自身フードコートでご飯を食べた経験が無くてね。似たようなものなら学食などがあるけど。けどこうしてショッピングモールとかのフードコートに寄るのは初めてなんだよ」


口に含んで緩みきった顔で喋る。なんだろうな。食べる時は緩んで話す時にはいつもの表情に戻る。……なんだこれ面白いな。


「それより葵はそれ、何を頼んだんだい?」


「トンテキ定食ってやつ。写真見て美味そうだなって思ったから」


豚肉のステーキだとか何だとか。1番好きな肉は文句無しで鶏肉だが、豚肉も好きなので問題無し。と言うか肉が好きなのだが。だがレバーだけは全く食べれない。


「それよか唯はなんでカツ丼?」


「ふっふっふ……カツ丼で勝つどん!」


しーん……と静寂が走る。えーっと……これは何て反応するのが正解なんだろう。唯が満面のドヤ顔で言い放ったダジャレ。これは期待に応えるべきなのだろうか。

ちらりと唯を見る。静寂が恥ずかしかったのか。満面のドヤ顔が段々火照ってきている。

ついには俯いてしまった。


「えーっと……面白い……ぞ?」


「……して」


「え?」


「殺してぇ!!私を殺してぇ!!もういやぁ!」


えぇ……。いや確かにつまらなかったけど、えぇ……。

え?と言うか俺はどうすれば良いの?とりあえず唯を慰めよう。うん、そこからだ。


「唯、安心しろ。俺は好きだぞ」


「えっ……!それって……!」


「う、うん。カツ丼で……勝つどん……?」


「馬鹿にしてるじゃん!うわぁん!葵まで私をいじめる!」


「いやおい待て待て。バカにはしてない。と言うかそろそろ静かにしろ!ここ公共の場!」


と言うとピタッとなくのをやめる。良かった良かった。さすがに公共の場と言うのは分かるらしい……。


「良いもん。葵の家で鳴くから。ふふっ……葵は私にどんな声で鳴いて欲しいのかな……?」


おぃぃぃぃ!!!!そっちの方が問題だろうが!見てみろお前!明らかにお母さんが子供の目と耳塞いでんだろうが!お前それ分かってて言ってるだろ!


「はぁ……はぁ……。私は君にどんなプレイを要求されてしまうのだろうね……良いよ。どんな性癖も私が受け止め……いたっ!」


暴走気味の唯を後ろからはたいて止めてくれた人がいた。その人物を見て驚く。


「在原さん?どうしてここに。あ、その前にありがとね」


「天音が暴走気味で皐月が困ってたから助けただけ。礼には及ばない」


ふっ……と自慢気な顔で言い張る在原さん。ひょこっと速水さんも顔を出す。


「在原さん……止めてくれたのはありがとう……私、自分を見失っていたよ。けどね……?ちょっと強いかなー……って」


「ちょっとはたくだけじゃ止まらないと思ったから。少し強めにやった」


「うん、在原さん……?自分の腕力とかが平均以上な事にそろそろ気づいて?」


死にそうな声で唯がそう言う。当の在原さんは「そこまで凄くはない」と照れたように言った。うん、そういう事じゃないと思うんだ。

2人は買い物に来ていたらしく、ご飯でも食べようとここに来た時に暴走気味の唯を見て止めないといけないと思ったらしい。しかしどうして止めるか速水さんが考えている間に在原さんがはたいてしまったらしい。

まぁ何はともあれ止めてくれたことに感謝だ。その意を伝えて2人は食事をするべく席を探しに行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る