33話 美鈴ちゃんワールド
何歳になろうが授業の途中に教室に入るのは緊張するもんだ。普段あまり注目を浴びる事は無いが今回は唯がいるのだから視線は寄ってしまうだろう。
養護教諭から紙を受け取り教室へと向かう。
「そう言えば保健室の利用って正当な理由が無いと出来ないはずだよな。唯、お前どうやって休んでたんだよ」
「風邪です。って言えば寝かしてくれる人だからね。まぁ仮病なんだけど」
ペロッと舌を出していたずらっぽい表情をする唯。じっと見てるとなにかに目覚めそうなのでさっと目を逸らす。
「あれ、3限目ってなんだっけか」
「数学だよ。ちなみに4限目は美鈴ちゃん」
数学か。まぁ苦手な教科じゃないし、大事な所は玲のノートを写せば良いのであまり気にはしないことにする。
「俺らってジャージのまま授業受けんの?」
「そう……なんじゃないかなぁ。さすがに授業中に着替えるわけにもいかないだろうし」
「マジかよ。超目立つじゃん……はぁ、もう少し休めば良かった」
「仕方ないさ。さ、入ろうよ」
ガラッと扉を開ける。先生の話が一旦中断されクラスメイトの視線が寄る。それでも何とか表情を崩さないように紙を渡し席へと戻る。
「遅かったわね。唯といちゃいちゃしてたのかしら」
「してねえよ。つかこの場で言うな」
いきなり殺意の籠った視線を向けられるこちらの身にもなって欲しい。ほんといつか殺されるんじゃねえかな。
☆☆☆
国語の授業は好きだ。ただ間違えないで欲しいのが好きと得意は一致しないということ。物語を聞いたりとかはすごく好きだし、心情を答えるとか好きではあるが決して得意ではない。
「で、だ。下人の前に死人の髪の毛を抜く老婆が現れた。それに対して激しい怒りを抱いたんだ。それについて話し合ってくれ」
ガヤガヤとしながら机を合わせ始めるクラスメイトを横目に俺も近くの人と机を合わせる。
小学校の給食班みたいな形になると思ったがどうやら違うらしく各々好きな人と組んでいるのを見た。
(まぁ茜なら安心か)
学業成績も上の方な茜なら困る事も無いと踏む。
「茜、組もう」
「お、いいな。在原と裕喜も良いか?」
すっと近くにやって来た在原さんと彼方。在原さんは速水さんと組みたかったようだが、席が遠いのである程度は仕方ないだろう。
「で、なんで下人が老婆に激しい怒りを感じたかだよな。まぁこれ答え書いてあるけどさ」
『この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くということが、それだけで既に許すべからざる悪であった』というのが答えだ。盗人やってる割には随分正義感に溢れた奴だよなこいつ。下人が老婆に対して怒る資格は無いと思うんだが。
「これ話し合う必要あるのかね。この文に答え書いてあんのにさ。なんか話すことあるか?」
「そもそも回避出来なかったのかよこのイベント。どうにかしてこの下人と老婆を救いたくなってきたんだが」
まぁ2人共救う価値も無いと思うんだけどな。とは言え課題は解決したので話に付き合おうかな。
「じゃあどうすれば良かったんだろうな。在原さんはどう思う?」
「筋肉を付ければ良い。筋肉は全てを解決する」
「これ国語の授業だからな。脳筋思考はやめてね?」
つか筋肉を付けたらこの下人も老婆もにこにこ笑顔でハッピーエンド☆ってなるわけ無いだろ。なったらみんな筋肉付けるわ。
「起こってしまったことは仕方ないよ。仲良く2人で出頭しよ?」
「2人共仲良く牢屋にぶち込まれて笑顔枯れるわ。誰も救われないエンドだぞ」
おかしいなぁ……。自分の産まれ持った能力を全てスポーツに費やした在原さんは仕方ないとは言え彼方の学業成績はそんなに悪くは無いはずなんだよな。中間ぐらいだし。茜がはっとしたように口を開く。
「……これさ。そもそも下人に暇を出したこの主人が諸悪の根源なんじゃねえか……?」
ねぇよ。災害とかがあって食糧が満足に取れなくなったから暇を出されただけだ。一番最初らへんに書いてあったろ。『なぜかというと、この二、三年、京都には、地震とか辻風とか火事とか飢饉とかいう災いが続いて起こった』って。
「はっ……!つまり下人を非行に走らせたのはこの主人。そしてそれを生み出したのは……?」
「はっ!やっぱり雫ちゃんは天才だね……。私にも分かったよ。つまり悪いのは芥g……」
「んなわけねえだろ。真面目にやれや」
後方から美鈴ちゃんの声が響く。やっと……やっと突っ込んでくれる人が……!
「確かにこの主人は下人に暇を出した。ただそれも災害とかが重なった結果だ。芥川が悪いのは間違ってないが、この主人は仕方なかったんだ。むしろ主人は芥川の被害者だぞ」
なんであんたもそのノリに乗っかるんだよ!明らかに問題からかけ離れてんぞ!高校生にここまで悪く言われるとか芥川涙目だぞ。しかも何故か3人も完全に芥川を悪人だと思ってるし。なんでこの人達美鈴ちゃんワールドに飲み込まれてんの?
……今後は組む人はしっかり考えよう。そう思った。
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