32話 私のヒーロー
目を開けると真っ白な天井が映る。近くに照明もあったため眩しさに目を閉じたくなるが、かろうじて目を開けることに成功した。
「やぁ。目を覚ましたかい?私のヒーロー」
「唯……?ここ、保健室か。あれ?なんで俺ここにいんだ?」
「やっぱり覚えていないか……。まぁいっか。実は━━━━」
☆☆☆
放課後に真尋の部屋で唯の誕生日パーティーを控えた月曜日。いつも早く終われと思っている学園はより長く感じるだろう。月曜日課は嫌いだ。自分が1番嫌いでつまらない芸術がある。音楽なら……と期待して選択をしたが、やることは楽器の演奏や合唱ばかり。もっと映像を見せて欲しい。
「皐月。おはよ」
「在原さん。おはよう。眠そうだな」
「月曜だから……。朝練が無いし起きるのが遅れたの。普段はもう少し早い」
朝練か。部活とか入ったことないから体験した事ないけどキツそうだな。俺じゃ多分無理。早起きが苦手というか出来ない上に体力も無いし。
「そう言えば速水さんは?2人セットだと思ってたんだけど」
「柚葉は自主練。朝練が無い日に体育館でシュート打ってる」
「練習熱心なんだな。あの上手さも頷けるよ」
冗談抜きで速水さんは上手だったしな。その裏には並々ならぬ努力があるのだろう。いやもちろん在原さんも凄く上手だったのだが。
「柚葉が褒められるのは嬉しい。けど私も頑張ってる」
「そっか。在原さんも大活躍だったもんな。それより……在原さんと速水さん仲良いんだな」
「うん。柚葉とは幼馴染なの。なんと産まれた病院も一緒なのだ」
Vサインをしながらドヤ顔で得意気に喋る在原さん。まぁそこが自慢要素かはさておき本当に仲良しであるのは分かる。
すげえな幼馴染。そう思いながら教室へと向かった。
☆☆☆
「あ、雫!おはよ!皐月君もおはよー!」
朝から元気だなこの人。朝が弱い俺からするとそのテンションは少々キツイのだが、それでも流されてしまう。
また騒がしい学園生活が始まる。幸いこのクラスにいることはストレスでは無いし、クラスメイトも仲良くしてくれるので中々良いクラスなのでは?と思う。
5分ほど経つと担任の美鈴ちゃんがやって来ていつも通りの適当な挨拶を済ませた。
「あ、今日あれな。評議会が放課後にあるから如月は放課後生徒会議室に行くように。じゃあ今日も1日私の手を煩わせないように平和に過ごせ。1限目の準備もしておくように」
あ、なんか今日の体育男女混合とか言ってたな。何すんだろ。
「ねぇ葵。今日の体育何すると思う?」
「よく分からん。けど男女混合で安全に出来る事だろ?……まぁ普通にドッジボールとかじゃないか?」
にしては人数は多すぎると思うが。20対20とかわちゃわちゃしそう。
「ま、とりあえず行くか。授業遅れんぞ」
早く着替えなきゃ。HRまでの間に着替えない俺が悪いけど。
☆☆☆
「えー、じゃあ今日はクラスの親睦を深める。という事でドッジボールを行うぞー。で、体育教師が出張のため監督は私がやるからな」
なるほど。今日男女混合なのはそういう事か。出張のため男子の監督教師が居ないし、やることが無いから。それなら納得の理由だ。
「適当にチーム分けてくれ。私は座ってるから」
あー、眠いと言いながらパイプ椅子に座る美鈴ちゃん。……本当になんでこの人教師やってんだろうな。別にいいけどさ。
適当に玲あたりとチーム分けを行うことにした。俺がパーチーム。玲がグーチームだ。
「お、茜と同じチームか。ついでに唯も」
「私はついでなのかい!?」
「ははっ!まぁ天音さんだからなー」
「如月君まで!?」
ギャーギャー騒ぎ出した唯は放っておいてドッジボールがスタートする。早めに当たって外野でサボるのもいいが、折角なので頑張ってみることにする。
(なんか俺ばっか狙われてない……?)
俺の中ではドッジボールという競技は仲が良い者同士だったり目立つ者が狙われる印象があるのだが……何故かクラスの立ち位置もそこまでのものでもない俺が狙われている。
最初こそ避け続けることは出来たが、やはり体力の限界。
「しゃあ!皐月討ち取ったり!」
戦国時代かよ。俺そんなに恨まれることしてないと思うんだが。
当たってしまったのは仕方ないので大人しく外野に向かう。さて……誰シバいたろうかな。
この中なら……やっぱ彼方だよな。ふんわり球でも当たりそうだし。さてさて、じゃあ外野に回ってくるまで眺めてようかな。
唯は俺という盾を失いおろおろとしている状態……だと言うのに誰も唯に対して本気で投げないのだ。不公平だ不公平。
「葵ー!」
ボールが回ってきて誰か近くにいる奴を狙おうと探し回る。すると大本命である彼方がすぐそこに居た。
「あはは!皐月君や。許してください」
「当てるに決まってんだろ。覚悟出来てるか?」
笑顔での会話ではあるが双方心の中では全くもって笑ってなどいない。ドッジボールとは戦争だ。強い奴が生き残り弱い奴は無残に散っていく。そんな残酷な競技なのだ。
「葵!裕喜は裕喜はやめてくれ!」
「なんでお前まで加わるんだよ……」
これそういうスポーツじゃないからな?ましてやお前ら敵同士だぞおい。
「茜君……良いの。私は当てられて外野に行く運命なんだよ……」
「待て!葵!裕喜……裕喜は俺が守るからな!」
「茜k……」
「裕喜ーーーーー!!!!」
そんな茶番を見続けるつもりはないので容赦なく彼方にボールを当てる。2人の愛のドッジボール物語は今ここで散っていった。
「皐月……あいつ容赦ねぇ!」
「極悪人皐月だ……!」
「お前らマジでふざけんな?」
誰が極悪人だこら。単純に内野に戻りたかったから1番当てるのが簡単そうな彼方を狙っただけだぞ。
「葵、女の子には優しくしなきゃダメじゃないか。いや、ふふ……面白いけどね?」
必死に笑いを堪える唯。彼方の目がキラリと光ったのを見た。……殺伐としてんなぁこのドッジボール。
とまぁそんな事が続いて15分マッチの1回戦が終了する。
結果は明らかにグーチームの内野が少なかった。まぁ1人の人物だけ狙ってたら当然ではあるが。
「勝った勝った。じゃ2回戦するぞー!今のチームからまた別れんぞ」
「グッとパーで別れま……」
チームを分けて2回戦目を始める。その時大きな声が上がりクラスメイトの視線が唯に向けて……正確に言えば唯の頭上に集まった。
誰かが立てかけてあった脚立が倒れてきたのだ。
「……え?」
「唯!!!」
咄嗟に飛び込み唯を抱きかかえる。体に脚立がぶつかる衝撃などを受けながら、意識が落ちていった。
☆☆☆
「あ、あぁそんな事あったな」
「うん。ちょっと頭に当たってしまったみたい。けど特に問題は無いよ。それに……葵が助けてくれなかったら今頃私は……」
最悪の事態を想定してしまって体が震え上がる。確かにあの時唯は真下にいた。もし助けるが遅れてたら?そう考えるだけで震えが止まらない。
「かっこよかったよ。あの時の葵は。まさに私のヒーローさ」
「そりゃどうも」
体は少し痛むが別に気にするほどでもないかな。そんなに大きいタイプのやつじゃなかった事が救いだろう。
「あれ?もう戻るのかい?」
「授業出ないと点数貰えないしな。今は……げっ、3限目かよ」
2限目の数学は出れなかったため当然その分の点数は貰えない。もったいな。
……ふと唯の姿を見て違和感に気付く。
「あれ?唯、なんでジャージなんだ?」
「なんでって……保健室に如月君と一緒に運んで……その後ずっと君の傍にいたからだよ」
「え?お前授業は?」
「はぁ……あのねぇ、私にとっては授業なんかより君の方がずっっっっと大事なのさ。私が傍に居たかったからそこに居ただけ。なにか文句でもあるかい?」
反論は許さない。そんな視線をじっと見つめてくる唯。……思わず心臓ガドキリと跳ねる。そしてその動揺を悟られないように振舞った。
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