氷、そして愛。

ショート

氷、そして愛。

極寒の寒さを纏う一軒家。周りには薄い氷が張った湖と雪しかない。

朝9:00

「おはよう」

眠そうな目をする愛にコーヒーを淹れながら僕は言う。

ふと彼女の手に目をやるとその指に結婚指輪は無かった。

彼女が無言で淹れたばかりのコーヒーを手に取り僕の目を見ながら彼女はその場を立ち去った。


昨日 朝9:00

都内の高級ホテル

「どう?このドレス?」

にんまりしながら愛は僕にそう聞いてくる。

「何着ても可愛いに決まってるじゃないか」

そう言いながら彼女にゆっくりと近づきキスをする。

窓から射し込んでくる陽光が全く眩しく感じない。

突然後ろのドアが開く音がした。

「あら、素敵ね」

そう言って僕たちの両親が入ってくる。


12:00

「お二人のご結婚を祝して乾杯!」

そう言って父がグラスを掲げる。

「乾杯」

そう言って僕たちもグラスを合わせて飲んだ。


14:00

「昭二、飲み過ぎよ!」

もう飲み初めて2時間。流石に母からお咎めが。

「大丈夫ですよ。昭二君いつもこんなだから。」

そう言って庇ってくれる愛。


16:00

「アッハハー!!そうだったよね!そうそう、思い出した。」

大声で談笑する俺たち。

「なんか静かじゃね?おいおいもっと盛り上がろうぜ。一生に一度なんだからさぁ」

皆の冷めた目を見ながらそう言う俺。

「あっそういえば静かだしさちょっと言ってないことあってさ、朗報だよ」

「なになに?」

そう言って笑顔で彼女の顔を覗き込む俺。

「妊娠したの」

会場が一気に歓喜のざわめきに溢れる。

「おめでとう!!男の子?女の子?」

「まだ、分かってないの・・・」

「ガン」

グラスを勢いよくテーブルに叩き置く音が響き渡る。

沈黙が会場を支配する。

「お代わり!!」

ウエイトレスが慌てた様子で持ってきた酒を一気に飲む。

「聞いてないんだけど。

俺、子供とかいらないんだよね。金掛かるしさ!大体俺の自由は!?必死に働いてさ。奴隷にさせる気かよ!!

第一俺、子供嫌いなんだよね!!」

「ちょっと昭二・・・」

そう言って絶句するお袋。

ふと愛の顔を見上げると唖然としていた。

そして徐々に彼女の目が赤くなっていく。

「タッタッタッタッタ」

足早に鳴り響く靴の音と共にドレスを持ち上げながら愛が会場を出ていった。


18:00

「今日は本当にありがとう。」

親父が招待客らと言葉を交わしてこっちに近寄ってきた。

「おいっ、ちょっとは覚めてきたか」

そう言って肩を叩いた。

「うーん、頭痛えわ。フラフラする」

「ハァ、さっきタクシー呼んだから今日は早く寝ろ。ちゃんと謝れよ」

遠くにハンカチを手に俯く愛を見ながら親父は言う。

「だからさぁ奴隷になるために結婚したんじゃねぇって」

「いい加減にしろ!いい年してマナーの欠片もない」そう言って立ち去る親父。

30分後、俺たちは別々のタクシーに乗って帰った。

その後は覚えてない。


翌日 朝10:00

白い湯気が立つ味噌汁とご飯。

向かい合って座る2人。

沈黙が漂い2人共俯いたまま食事に手をつけようとしない。

「今日が平日だったら・・・」そう思う昭二。

「あのさ、昨日・・・」

「もういい!」

そう言って結婚指輪を外す愛。

「もういいわ。やっていけないわ!愛して損したわ。」

そう言って席を立ちそそくさと玄関に向かう彼女。

「ちょっと!」

こうなると分かっていたのに慌ててしまう僕。

自分も急いで席を立ち彼女の元へ駆け寄り愛の手首を掴む。

「やめてよ!」

僕の手を振り払って逃げるように外へ走り出す愛。

「最後まで聞いてくれって!お願いだから!!」

追いかける僕。

「来ないでって!!」

前なんて見てなかった。

ひたすらあいつから離れたかった。

自分が裸足で凍った湖を走っていることなんて分かってなかった。

「愛!!危ないから!!やめろって!!愛してるから間違えたんだよ!!言い訳とかじゃなくてさ、俺、酒癖悪いし、変な言い方になっただけでさ、子供嫌いってのもお前と2人でいたかったからさ!!だからさ!行くなよ!!行かないで!!」

もうどうなっても良かった。

氷が割れて落っこちたって。


信じたくなかった。

あんな酷いこと言っといて。

もしかしたら本当なのかもって思ったけど止まらなかった。止められなかった。

「きゃあ!!」

悲鳴と共に愛が落ちていく。

全速力で彼女の元へ走る自分の足元の氷もパリバリとひび割れていくのが分かる。


やっと着いた。

急いで愛の手を握る。

「今助けるからな」

そう言って踏ん張った瞬間氷が割れた。

落ちていく僕。

愛の手を握ったまま何とか這い上がろうとする僕。

「大丈夫だから」

そう言って必死にもがく僕。

そんな僕の手を引っ張る愛。

「もう大丈夫。」

僕が泳げないことを分かってか、諦めたのか。

彼女に向き直る僕。

最悪だ。新婚生活初日なのに。

互いに両手を握りながら僕は言った

「愛してるよ」

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