第23話 食事
(妖獣は草食なのか……いや、やはりただの人間で……ただの菜食主義者?)
下に降り、ミリラナに生野菜を分けて貰う。
ざっと洗っただけのキャベツを一玉、キュウリを一本持ち帰るシアに、ミリラナは戸惑っていた。
「遅いっ!」
戻るなり、ラキスは怒鳴り、キャベツとキュウリを凝視した。そしてごくん、と生唾を飲む。
「雑草ではないが……」
「それでいい。それを食うっ」
ラキスの品の良い薄い唇の端から、涎が滴る。
(せっかくの容姿も形無しだな……)
呆れながら、寝台に腰掛ける。早くくれ、とばかりに、ラキスは頭を持ち上げた。
「おいっ。暴れるな」
「早く、早くっ」
肩を押さえると、涙目で見上げてくる。
「……大人しくしていると約束しろ。そうしたら、拘束を解いてやる」
「そんな約束はできないっ!体が自由になったら、お前を殺す」
「そうか……。なら、食べなくて良いんだな」
「食べるさっ!腹一杯っ!」
「なら暴れないと、わたしに襲いかかって来ないと約束しろ」
「おれは約束なんかしないっ。お前を殺すと決めたときも、兄は死んでたから、約束しなかった。おれ自身とおれがお前を殺すと約束したのだっ」
「……では、食べさせてやるから、じっとしてろ」
馬鹿との会話を諦め、面倒だが、食べさせてやることにした。
キャベツを一枚毟り、彼の口元へ持って行く。
ぱくんと咥え、しゃりしゃりと咀嚼する。
(犬というか……兎だな)
味のついてない、固い部分さえも美味そうに食べている。口の中のキャベツがなくなると、シアの手にしたキャベツに熱っぽい眼差しを向けた。
「美味いのか?」
「美味くない。……不味くないっ」
キャベツを遠ざけると、悔し気に言い直す。
「美味いなら美味いと言えばいいじゃないか」
嘆息し運んでやると、ラキスは一心不乱にキャベツを頬張った。
子供……動物に餌をやっているかのようだ。
騒がしい口は食べるのに一生懸命で、しゃりしゃりという音が間断なく続く。
余りの熱心さにふと悪戯心が沸き、口元から逸らす。文句はなく、ラキスの口はキャベツを追い掛けた。
キャベツと口が糸で繋がってるみたく、遠ざけた分、頭を浮かせるのが可笑しい。
ラキスは小さくなったキャベツを摘んだ指ごと、ぱくり、と口に入れた。
「おい。わたしの指まで食うな」
キャベツは噛んでいるが、指は歯が当たる程度だ。噛みきられる不安も、生温かな口内への嫌悪もない。動物に舐められた時のような、くすぐったさに、シアの顔が緩む。
「食べさせてやるから。指を吸うな」
「んっ、んー」
「もうない。お前が欲しいのは指じゃないだろ」
がじがじと、歯が指先を掠めるのが強くなり、慌てて指をラキスの口から抜いた。
「う、んん……」
不満気に唇を突き出すラキスに、シアは軽く笑う。
「そんなに好きなのか?」
「好き。欲しい」
食欲に負けたのか本音を吐く。
涎を垂らし、潤んだ瞳で見つめる。見つめているのはキャベツだが、傍から見れば変な誤解をされるな、と苦くなった時だ。
かたん、と音がした。
開いたドアの向こうに、ミリラナが立っている。彼女の足先にはトマトが転がっていた。
硬直したミリラナを見るのは二度目だ。あの時は暴れるラキスを押さえつけていたが、今は押さえつけていない。だけども両手両足は縛っている。頭を上げ下げするものだから、肩に掛けていた毛布はずり落ち、白い肌を晒していた。
いつから見ていたのだろう。おそらく、気を利かせトマトを運んできたのだろうが、ノックもなしにドアを開けるのは無礼だ。
「……何か?」
少し腹が立つが、態度には出さず静かに問い掛けた。
「ト、トマト……」
「ありがとう。頂いておく」
緑とか草とか言っていた。トマトを食べるだろうか、と思いつつも、礼を口にする。
心が籠もっていないのを察したのか、ミリラナの頬が紅潮した。
「お邪魔しましたっ!」
叫んで、ドアを勢い良く閉める。
(まだ酒が抜けてなくて。暴れるから縛ったまま、飯を食べさせている風に、取っただろうか。それとも……いちゃついている風に見えただろうか……ラキスは女だと誤解されたままか……)
どんな誤解を受けていようが、強姦していると思われていなければ、さほど不愉快ではなかった。もちろん愉快でもないが。
(まあいいか……。風当たりが強ければ宿を移ればいい。面倒だが……宿を探しておこう)
これからの予定を立てていると、シアの苦労など我関せずのラキスが、シアの止まった指に噛みついた。
「痛っ!」
「早く食わせろっ。……そっちの緑でもいいぞ」
寝台の脇に置いてあるキュウリを目に留め、言う。
苦労の種である青年を眉を潜め見下ろすと、シアは尊大な口にキュウリを突っ込んだ。
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