第15話 猜疑
大人しくしていると言ったクセに、隙を見てラキスは暴れ始めた。
仕方なくシアは彼の両手首と両足首を、それぞれ一纏めにして、布で縛る。
そうしてから毛布を改めて掛けてやった。
(というか……なぜ、全裸なんだ……)
疑問は尽きることがない。湯水のように沸いてくる。
訊きたいことが沢山あり、何から訊ねれば良いかも、わからなくなる。
「くそっ、くそっ……今にみてろよ。絶対許さないんだからなっ。泣き喚いたって、許してやるものかっ」
「少し黙っていてくれないか。考えをまとめているんだ」
「何様のつもりだっ!偉そうにっ。人間のくせに生意気だぞ、お前っ」
「……お前も人間だろう?……違うのか……?」
「人間みたいな小狡くて、軟弱な生き物と一緒にするなっ!おれはっ……お、おれは…………おれは、人間だ」
シアを睨みあげていた視線が、どぎまぎとさまよう。
「一緒にするなと言ったじゃないか」
「もちろんだ!一緒になどするな!おれは……小狡くない、軟弱じゃないっ!っ……人間……なのだっ」
人間かどうかともかく、小狡いし軟弱だろう、と思うが口には出さないでおく。
「なら、先ほどわたしを襲った犬は何だ?お前のペットか?」
「い、犬っ……犬だと……!馬鹿にするなっ!犬みたいだが、妖獣だっ!ランテの小山で、純血を守り続けてきた高貴な一族だぞっ。お前みたいな低俗な種族には、犬に見えるのかもしれないがなっ!」
「ランテの小山?」
「ち、違う……あれは、い、犬だ……さっき、拾った……かしこい犬だ」
「……その賢い犬が、わたしの目の前で、お前に変わったのだが」
「き、気のせいだ。お、おれは妖……かしこい犬ではない……生まれたときから人間で、人間の姿になったりしな……いつでもどこでも人間だっ」
「…………奇術か何かを使ったのか?」
「そ、そうだっ。おれは奇術師なんだっ」
会話をして、わかったことがある。
何者かはともかく、彼は……賢くない。
「奇術なら、これは何だ?かしこい犬の落とし物なんだが」
シアは自身が斬り落とした尻尾を、ラキスの顔の上でぶらぶらさせた。
「落とし物っ!お前が斬ったくせに!おれの尻尾、返せっ!くそっ……尻尾が生えてくるまで、このままじゃないかっ!」
「……生えてくるのか……?」
「軟弱な種族とは違うからな。前に狼に毟られたことがあったけど、一週間で元に戻った。妖獣は命がなくならない限りは、何度だって自己再生するんだ」
「それは……知らなかったな……」
「人間は馬鹿だから知らなくて当然だ。まあ、生半可な妖獣ではおれみたいにはいかないだろうが。おれだから、一週間なのだ」
「……で。お前は一体、何だ?」
「お、おれは……」
「人のかたちの……いや人に変化する妖獣がいるとは知らなかった」
「ち、違うぞ……お、おれは」
ラキスはようやく自身の失言に気づいたのか、言い淀む。
「誘導尋問というやつだな!卑怯だぞっ」
お前が調子に乗ってべらべら喋っただけだ、とシアは悔し気に叫ぶ彼を冷たく見下ろした。
「お前は本当に妖獣なのか?」
変化するのをこの目で見た。人間は犬になったりしないし、ただの犬が人間になることもない。
彼の言動からも、きっとそうなのだろうと思う。
だが……。
生態が謎に包まれているとはいえ、他の人間よりかはシアは妖獣のことを知っている。
人になる妖獣など見たことも聞いたこともない。
(その上、人語を……頭は弱いが……一応は理解し、喋っている)
奇術だと尻尾の説明がつかなくなるが……世の中には不思議な術を使う者もいると、耳にしたことがある。
もしかしたら、おかしな術を、現在進行形でかけられているのでは、とも思った。
「確かに……おれは妖獣だ」
「いや……何か、術を使っているのだろう?」
諦めたようにラキスは認めたが、それはそれでシアは納得がいかなかった。
「お前が妖獣だと、どうしても思えないんだが……」
「はっ?何を言っている!妖獣だって言ってるだろっ!」
「何か術……変な薬……香でも焚いて、幻を見せているのか?本当のことを言え」
「だから、妖獣だって言ってる!」
「だが……信じられない」
「信じられない!信じられない、だと……。ならいいさ。人間で」
かといって、人間だと言われても腑に落ちないシアはひとつの仮説に思い当たった。
「人間と妖獣の……子どもとか」
異種間での受精が可能かは置いておくとして……人間と妖獣の混血なら、ふたつの姿を持つことが可能かもしれない。
「お、お前……ランテの小山で、純血を守り続けてきた高貴な一族……その最期の一匹であるおれに向かって……人間の子などと……」
ラキスはわなわなと唇を震わせる。
「低俗な人間めっ!死ねっ!今すぐいなくなれっ……うぐ」
「余り大きい声を出すな」
シアは怒鳴り始めたラキスの口を塞いだ。
夜中に騒ぐのは迷惑だ。今更だろうが……。
(宿を追い出されるかもしれないな)
憂鬱になったシアの気も知らず、ラキスは怒鳴り足りないとシアの掌の下で口をぱくぱくさせる。
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