第7話 理由

 シアは納得出来なかった。


 母を殺したのは妖獣という種族。だから全ての妖獣を憎む。

 ならば、もしも母が強盗に、人間に襲われ殺されていたら、人間全てを憎むということなのだろうか。

 父の考えは、八つ当たりに思えた。

 シアがそのことを問うと、父は『妖獣は人間とは違う。心のない、人を襲うだけの生き物だ』と答えた。


 心のない生き物。

 感情のないモノ。妖獣は獣……虫と同じだ。

 理性がなく本能のままに生きている。

 そんなことは知っていた。だから余計に不思議だった。


 母を殺した妖獣は、母を憎んでいたわけでも、母をつけ狙っていたわけでもない。

 目の前にいたから、呑んだ。それだけだ。

 虫が丁度そこにあった足に食いつく。それと同じ事だ。


 シアは足に食いついた虫を殺す。殺すけれど、憎みはしない。

 腹は立つが……少なくとも虫という種族を憎悪することはない。

 たとえ虫が毒虫で、その毒が原因で死んだとしても、運が悪かった、と思うだけだ。


 感情のある人間ならともかく、相手は虫だ。シアを殺したかったわけではなく、本能に従っただけ――。


 例えば母が悪意をもって人間に殺されていたなら恨む。けれど、実際は妖獣で、妖獣と虫を同じだと認識しているシアは、妖獣を憎んではいなかった。

 運が悪かったのだ。……恨んでいるとしたら、あの時、庭掃除を止めなかった自分、守れなかった自分、そして母の運命を恨んでいた。


 そう父に告げると、父は、

『お前は冷たい子だ』

 と、呟いた。


 母の死は悲しい。

 凄惨な光景を思い出し、どうして助けなかったのだろう、とじっと見ているだけだった自分を今でも悔いていた。

 幼いシアに妖獣を討つことなんて出来なくて、肉の塊がふたつになるだけだったとしても、生き残ったことが申し訳ない。


 シアは確かに、母の死を惜しみ、哀しんでいた。


 父が、母を殺したのと同じ、蛇のかたちをした妖獣に呑まれた時も――。


 母を殺した妖獣ではない。けれどよく似た妖獣を前に、父は冷静さを欠いていた。

 諫めれば良かったのか、もっと自分が強ければ助けられたのか。

 ふくらんだ妖獣の銀の腹を掻き、肉の塊になった父を見て、シアは悔い、哀しんだ。


 しかしやはり――妖獣を憎い、とは思えなかった。

 それを冷たい、と呼ぶのなら、確かにシアは冷たいのだろう。


 父の死後、シアは妖獣の依頼だけを受ける賞金稼ぎとして、独り立ちした。

 父を知る者は父の志を継いで……あるいは両親の仇討ちで、妖獣を狙っているのだと思っている。

 健気な子、と言われる度にシアは胸苦しくなった。


 確かに父はシアが妖獣を一体でも多く狩ることを望んでいた。


 しかしシアが妖獣以外の賞金首を追わないのは、父の期待に添っているわけでも、敵討ちのためでもなかった。


 初めて、切っ先を向けたのは妖獣で、その刃を染めたのは妖獣の血だった。

 妖獣以外の血を躰に浴びたことがない。

 シアは人を斬ったことがないのだ。


 斬ったことがないものを、斬るのは怖い。

 それに人には心がある。感情のある存在を斬るのが、恐ろしかった。


 賞金首には賊が多い。

 他人に迷惑を掛け、命を奪う悪者だ。放置すれば、被害は増える。

 そういう輩を討てば賞金稼ぎ感謝され、金のためであっても、正義の味方扱いだ。


 けれど――悪者にも家族、親しい者もいるだろう。悪者であっても、死ねば哀しむ者もいるだろう。

 実際、母が死ぬ以前、父が『人殺し』と小さな子供に罵られているのを見たことがあった。


 父は人殺しなのか、と暗い顔をしていると、母は、

『悪い人だったのよ。多くの人があの子の父さんに殺されていたの。うちの父さんが殺さなかったら、もっと多くの人を殺めていたはずよ。あの子は小さくて、まだそういうことが理解できていないだけ』

 と言った。


 仕方ないないのだ。悪者を放置することも悪なのだ。幼かったあの頃も、幼くはない今も、シアはそう理解している。


 ギルドには悪人ではない賞金首もいたが、そういう依頼は断ればいい。悪者の賞金首だけ討てばいい。

 そうは思っていても、悪者にだって、人間なのだから心がある……。殺さないでくれ、と懇願されて、躊躇わない自信がなかった。

 いくら悪者でも、斬れば殺人だ。


 同業者を『人殺し』だと見下したりはしないが、自分は人殺しにはなりたくなかった。


 どうせ、放っておいても誰かがやるのだから、嫌なことを敢てする必要はない。他人任せというか、偽善というか……とにかく、褒められた感情でないのは確かだった。


 人を殺したくないから妖獣を殺す。

 みなが嫌がる仕事を受けるお人好しでも、両親の仇を討つ健気な子供、でもなく。単に後ろ向きな選択である。


 そのうえ、妖獣だって殺したくて殺しているわけでもないのだ。

 憎んでいるわけでもないし、妖獣の血を見て興奮する質でもない。


(父の死後、賞金稼ぎから足を洗うべきだったのかもしれない)


 何度かそう思った。

 しかしシアは、賞金稼ぎになる以外、他に生きていく道を知らなかった。剣以外に生計を立てる術がなかった。


 母が死んだ後なら、剣を置くことも出来ただろうが、父の手伝いとして、賞金稼ぎの暮らしにどっぷり浸かった後は、もはや剣の代りに取るものがない。

 妖獣の倒し方、野宿の仕方、ギルドの賞金稼ぎとしてのあり方、くらいの知恵しかない。

 真っ当な生活に戻るには、シアの手は血で汚れ過ぎていた。たとえ人ではない、妖獣の血であっても。


 妖獣を殺すのは、両親の仇討ちではない。

 そう答えると、レドモンは、ならなぜ人を殺さないのか問うだろう。

 人を殺したくないと言えば、賞金稼ぎを辞めろと言うはずだ。


『賞金稼ぎをするしか能がないんだ』

 そんな答えしかないシアを、きっとレドモンは哀れむに違いない。

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