弱者の進撃 - 上級国民を駆逐せよ -

あがつま ゆい

弱者の進撃 - 上級国民を駆逐せよ -

「上級国民は逮捕されない」


 これはもう疑いようのない事実である。


 TVのアナウンサーも何の罪もない母子を殺した殺人鬼を相手に「さん」をつけて呼ぶ。

 数日後同じような事件をやらかしたバスの運転手は即日逮捕だというのに、この扱い。

 いつの間にかこの美しい国日本には俺たち下層国民を搾取しぶくぶくと肥え太る上級階級の国民が生まれていたようだ。


 修正せねば。


 世間もネットも、上級国民をけなしてほんの少しのガス抜きをするだけでまた下層国民としての日常へと戻っていく。実際1週間もたてば皆「上級国民」の「上」の字も使わなくなった。

 このままじゃ上級国民の逃げ勝ちだ。俺は違う。そうはさせん。絶対に。




 病院からとある男と車の運転手と思える、共に老人の男が2名出てきた。

 男たちが車に乗り込むのを確認した後で、彼は駐車してある上級国民の車と自分の車でTの字になるように停め、逃げ場をふさぐ。


「おい! 何のつもりだお前!」


 彼にとって都合よく、ターゲットが自ら車を降りてやってきた。

 彼は懐から包丁を取り出し、攻撃目標の胸を突き刺した。感覚的に言えば「ドネルケバブの肉の塊に包丁を突き立てた」ような感触が返ってくる。


「!? う……う……」


 あまりにも唐突すぎることに男は声も出ない。放水するダムのように刺し傷から血を吐き出しながら彼はそのまま包丁を持った下層市民に腹や胸、さらには首を計15か所以上もメッタ刺しにされる。

 最初の一撃で心臓に届く致命傷。その後の追い打ちを食らって生きているわけがなかった。




 全てが終わった後、彼は……わらった。


「ヒヒ……ヒヒヒ……ヒヒハハハ! やった! やったぞ! 上級国民を駆逐してやったぜド畜生! ヒャハハアハッハアア!」


 人を殺したという最大級の興奮状態にあった彼は……「勃起」していた。


 人類史に残る偉大な業績を打ち立てた爽快感、

 こんなちっぽけな人間でも邪悪な上級国民に裁きをくわえることが出来たという達成感、

 そして社会的正義を執行したスーパーヒーローのような正義感、

 それらの刺激が全身を駆け巡り、最高のエクスタシーとなって彼の脳内で炸裂する。


「性的暴行」という言葉にもあるように性と暴力は密接に結びついている。人殺しという人間が持つ最大限の暴力は性欲をも引き起こす。

 彼はギンギンに怒張した自分の分身をしごき始め、死体に『彼が由来の白濁した体液』をぶっかけた。


 性欲を充填されて満足したのか男は死体と自分とのツーショットをスマホで取り、SNSにアップロードする。


「上級国民共、見てるか? 俺は口先だけの人間じゃない。ネット弁慶卒業したぞ。次はお前だ、お前らだ」


 そんなメッセージを添える。

 男の眼中になかったのか無事に逃げられた運転手が通報して警察が駆け付けた時には、3枚目の写真をアップロードする途中だったという。

 彼はその場で取り押さえられ、殺人の現行犯で逮捕された。




「私は人を殺した覚えはありません。この美しい国、日本に巣くう寄生虫を1匹殺処分しただけです。よって無罪を主張します」


 法廷にざわめきが起こる。男は逮捕直後から一貫してかたくなに「人を殺した覚えはない」と無罪を主張し続けた。

 それゆえ精神鑑定を何度も受けたがいつも「責任能力はある」という結論が出ていた。


 それでも裁判は粛々しゅくしゅくと進み、最後の場面になる。


「被告人。最後に何か遺族に言いたいことはないか?」

「国民よ立ち上がれ! この美しい国、日本は我々の物だ! 寄生虫のように吸い付く上級国民の物ではない! 決して!」


 裁判官の言葉を聞いて待ってましたとばかりに彼は演説を始める。


「上級国民は絶対に赦すな! 親の罪は子の罪! 子の罪は親の罪! 一族郎党ペットのハムスター1匹に至るまで死という制裁を加えろ!

 死んだとしても赦してはならない! 決して! 墓を暴き、骨壺を粉砕し、怒りの糞をぶちまけろ!

 美しい国日本のガン細胞である上級国民をこの世から駆逐し、この国、日本を真に活力のある強国へと変えるのだ!

 我々一般国民は上級国民に搾取され続ける被害者だ! 私のやったことはそれに対する反逆行為であり正当防衛の範囲内だ! だから無罪だ!」


「被告人! 辞めないか!」


 裁判長は怒りの声を荒げるが男は止まらない。


「上級国民に忖度そんたくする奴も全員名誉上級国民だ! 上級国民同様に死して償わせるべき罪を犯している! 彼らもまた日本から駆逐するべき疫病である!」

 今こそ国民たちは一致団結し! 上級国民共とそれを支持する名誉上級国民をこの国から駆逐し、日本の黄金期を取り戻すのだ!」

「もういい! 被告人の退席を命じる!」

「裁判長! 貴様も上級国民に忖度そんたくするんだな!? 貴様も名誉上級国民だ! ありとあらゆる手段を用いてでも絶対に殺してやるからな!」


 男たちに押さえつけられ無理やり法廷から退席させられた。


「美しい日本!! BEAUTIFUL JAPAN!! 美しい日本!! BEAUTIFUL JAPAN!! 美しい日本!! BEAUTIFUL JAPAN!!」


 そう叫びながら。


「判決を言い渡す! 被告は極めて短絡たんらく的な思想で残忍な犯行に及んだこと、また反省の態度が全く見えない上に罪の意識が皆無なことからこの上なく悪質である!

 もはや極刑をもってして臨む以外にない! 被告に死刑を言い渡す!」


 被告のいないまま、裁判長は死刑という判決を下した。




 判決から1年後、ちょうど男の死刑が執行された日。




 ネットだけのつながりである30人の男たちが、上級国民のシンボルともいえる経団連会館の中へと入っていった。

 その手に包丁やコンバットナイフ、あるいは鋼鉄のハンマーを持ちながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る