Re: =巻き込まれた私=

北条むつき

1章

桂木ひろみ(旧姓:佐多山ひろみ)

第1話疑惑

 ある日の夕方、私の携帯に一通のメールが着信した。


 =着信一通目=


『ご主人、浮気してますよ。コレを見れば分かるはずです』


 そう書かれた文章と二枚の添付画像だ。そこに写っていたのは、休日の度に出かけて行く車中で、主人が女とキスをする写真、それともう一枚はホテル街を二人、手を繋いで歩く姿だった。


 誰が撮ったものなのか全く見当が付かない。第一このアドレスは知らないアドレスだからだ。馬鹿にされたという思いと、誰だか分からない相手からのこのメールにも恐怖感を抱いた。

 このメールの相手は私たちに何をしたいのか全く見当が付かずにいた。だからといって、主人にこの事を問いつめても、手を出されるだけ。


「お前は、俺の言う通りにしておけば良いんだ! 馬鹿女を拾ってやった俺に文句一つ言うんじゃない。たかが下層家庭の出の癖して生意気な事を言うと、これ以上付き合い切れん」


 などと罵声を浴びせられるだけだ。確かに、私と主人が結婚出来たのはある意味奇跡に近い。


 普通の家庭で育った私と良い所の家系で育った主人。最初は金目当てとも思われた事もあった。しかし学生時代にある事故で、私は主人が運転する車と衝突をした。入院している時に仲良くなり、それ以来付き合うようになった。最初は優しい主人だった。

 しかし付き合うに連れて、横柄な態度と、事故の事を幾度も悔やみ、金が目当てだったのかとも言われた事もあった。しかし私はその頃には、主人を愛してしまっていた。


 どんなに辛い思いをしようとも、本当は優しく逞しい。そして何よりも相手に対し献身的な態度を取る人柄が好きになったはずだった。決して大手会社の御曹司の次男だから好きなった訳でなかったはずなのに、いつの間にか……。


「金だろ? お前は俺の金が欲しいんだ。何も出来ない女の癖して」


 辛い当たり方をする。結婚当初まではあんなに優しい主人だったのに……。そんな昔の思いが、このメールを見て思い出された。そして私は涙した。悲しい涙。いや、コレは悔しい涙……。


 もう……。女としてのプライドが許さなかった。そして、私はそのメールに返信を出した。


『あなたは誰ですか? 何故こんな事を教えるのですか? 私たちをどうしたいの?』


すると……。すぐに返事のメールが帰って来た。


 =着信二通目=


『あなたの気持ちは凄く分かりますよ。妻として、女として許せない気持ちも。だから私はあなたの力になりたいのです。どうかあなたにとって良い選択をするべき時が来たのではないでしょうか? 私はあなたの味方です。どうか信じてください。あなたの事を知っているモノからの便りだと……。詳細はあるマンションで落ち合いましょう。場所はマップを送りますので、そこでお待ちしております。あなたの昔を知る人物より……』



「あぁ……」


 声に出して泣いてしまった。何となく分かるこの文章。そしてこのアドレスに含まれるアルファベット。

 私は思わず、その待ち合わせ時刻のマンションへと向かった。時刻は、夕方五時を回る頃。私は××市のマンションへ到着する。玄関で六〇五号室のインターホンを押した。オートロックの扉が開き、通路へと入る事が出来た。そして私は六〇五号室前のインターホンを再度押す。


 中から出て来たのは、全身黒ずくめ、顔も覆面を被った男が一人。


「キャ!」


 思わず声が出る。その反応に男は人差し指を立てて静かにするように促す。


「びっくりせずに入って……」


 あぁ……。その声を聞いただけで甦る記憶がある。この人……。その声に引き寄せられるように、私は玄関から室内に入る。中は薄暗く、静まり返ったかに見えたが、遠くで女性の呻く声がする。リビングを抜け、小さな和室に入ると、女性が一人縛られて猿ぐつわをされて、涙を流している。


 その姿を見た瞬間、私は主人と写るあの女だと確信した。ショートのボブヘアーに目隠しをされている。その目隠しされた布が少し濡れて、布から大粒の涙が流れている。


「なんて事なの? こっこれは……」

「いいから、君を助けたい。これは君を自由にさせる為に計画したんだ。もうそろそろ羽ばたこうよ。大丈夫。計画は完璧だから……」


 男はデジカメと三脚をテーブルの前に置いた。そしてナイフを取り出し、その女性の猿ぐつわと目隠しを取る。男はその女性に笑わないと、すぐにでも殺すと言い放った。


 私はその言葉に顔が歪んだ。しかしその女性は引きつった表情を繰り返しながらも、笑顔を作ったようだった。その瞬間、男は遠隔でシャッターを押す。もちろんその女性と私に刃物は向けられたままだ。

 私はその女性の首根っこを捕まえて首を絞めたい勢いだったが、何とか抑えていた。その後女性は、再び拘束される。男は、突然私に、ピンクの携帯を渡した。


「ご主人はこの後、電車に揺られてこちらに向かってくるはずだ。車では無い」

「えっ? 電車? 今日? 今日は残業で午前様……」

「そう、そう言っていつも浮気でこのマンションに来る。その際は電車だ」

「その電車内でご主人にメールを打って欲しい。話があるから帰って来てとかって」

「あっえっ?」

「そして、ご主人からちゃんと今から帰るって返信があったらとしたら、それはそれでいい!」

「えっえぇ……」

「でも、次にこの女の携帯から、誘いメールを送って何かしらアクションがあったら、もう浮気は間違いない」

「そっそうね……」

「その時、写真を撮ってくれ。隠れてね。その写真も直ぐさまこの携帯に届くから、このマンションに来てもらうようにあるメールを流す」

「……はっはい……」

「その模様は、全部、君の携帯に届くようになってるから……。そしたらもう何も心配いらない。ちゃんと全員で話をしよう! いいね?」


 全員と言う言葉が気になったが、私は言われた通りに電車に乗った。主人を見つけた。直ぐさま男にメールを送る。


 =着信三通目=


『では計画開始としよう! 健闘を祈る!』


◆◇◆◇◆◇◆◇


 そして、私は主人が乗る電車の端に陣取り、主人にメールを送った……。


『何時頃帰れそう?』

『早く戻って来て欲しいなぁ? 話があるの! 愛してる?』

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