えー、まいど、馬鹿馬鹿しい話をおひとつ。

小舟漬

第1話 小咄

東京は上野。

猫太の一日の大半はここから、始まる。

ここ、上野駅の公園口から坂を下り秋葉原駅まで、歩くのが日課だ。

猫太は、茨城県から、秋葉原にある専門学校へと通っている。一応は、名の知れた学校であり、そこで、猫太は「声優科」というところに属していた。「声優」になるための基礎知識だとか、技術、職業斡旋、はては、才覚があれば、在学中でも、デビューができるという、、、しかし、現実は、非常でもある。

 猫太の昔からの気質、性格もあるのか、鳴かず飛ばずの状態であった。

他の生徒のように、何かコネがあるわけでもなければ、生まれ持った才覚もない。普通の人間である。

 背は低からず、高からず、痩せすぎず、太ってもいない。少し、古ぼけた眼鏡をかけて、趣味と言えば、着物を着ての寺社仏閣の御朱印あつめ。平凡を絵にかいたような人物である。

  夢というのは、追えば追うほどに覚めてしまうときがある、猫太も段々と現実的なものが、進行してきて、半端に夢から冷めたような状態で、夢から覚めないために必死に現実を見ないようにしている状態である。

「はぁ」

 猫太はため息をつく。

 学校なぞというものは、ひどく退屈であり、窮屈だった。毎朝、満員電車にゆられ、授業で、ボロクソに言われ、、、

そんなことが、毎日、毎日、毎日つづいているのだ。それが、時より嫌になる。

それが、どんどんと色んなものが入り交じって、希望がなくなって、挫折して、、、。

そんな事を考えてるうちに、授業が終わり、同級生と別れて、ふと、猫太は気がついた。

「あぁ、今日は、バイト休みだ」

猫太は、ブラブラと秋葉原を、上野方面に向かう。

しばらく行くと、大きな十字路にぶつかり、それを、左に折れ、緩やかだが、長い坂道をひたすら進むと、老舗の鰻屋があり、その手前、木に隠れるようにある階段を上ると神田明神の裏手にでる。

そこから、さらに、随神門を抜け、ある一軒の店にはいる。ちょうど、鳥居の真横にある店だ。

ここで、猫太は、バイトが休みの時は、甘酒や心太、葛餅なんかを食べ、境内でのんびり過ごすのが、日課になっている。

 店内は、昭和レトロな狭いながらも落ち着く雰囲気のないそうになっており、猫太は、いつものように、店奥の席にすわる。

ここから、小さな中庭を見て飲む暖かい甘酒と甘味が最高にうまいのである。

「あいよ、甘酒と、心太」

黒の器に入った甘酒はもうもうと、湯気をたてている。つけ添えに、麦でつくった味噌がそられていた。

「うん、相変わらず、美味だねぇ」

そういいながら、猫太は、鞄のなかから、1枚の紙を取り出し、ため息をつく。

 「落語、かぁ」

猫太の通う学校は、たまに、変な授業を行う。

今回は選択授業ということで、簡単そうなものを選んだのだが、どうも抽選に外れたらしい。

 そして、一番、面倒そうな落語に当たってしまったのだ。

「はあ、」

落語といえば、古典芸能の1つである。人前に出て、扇子と手拭い、身ぶり手振りで、何役も演じ分け、人を笑わしたり、泣かしたりする。それを、明日から、習わなくては、ならいのだ。 

猫太は、また、ため息をつく。

 ため息ばかりをつくので、店の連中がちらりと猫太をみる。

「なんだい、ねこちゃん、、ため息ばかりついて、えぇ?」

店の奥にいたのであろう、年寄りが苦笑いしながら、葛餅と甘酒をもって、出てきて、猫太の対面の席に座る。

「あぁ、おばちゃん」

そういいながら、猫太は、紙を年寄りに、渡す。

「なに?落語?」

一通りそれに、目を通した年寄りは、猫太に紙を返す。

「まぁ、やりたくて、入った学校だぁね、、もしかしたら、特技になるだから、いいんじゃないかい」

そういって、暖かい甘酒をおいて、店の奥に戻っていく

「それに、ねこちゃん、昔は落語やってたじゃないかい」

猫太はまた、ため息をついて、店を出た。

 落語は、好きだ。たが、落語をやるとなると話は別だ。まして、素人落語なら、まだしも、本格的に師匠についてとなると、勝手が違いすぎる。

 同じ学科を選んだ奴等も、先生達と同じく楽観的に考えているのかも知れないが、落語は、『日本古来の伝統芸能』である。

扇子と手拭い、身振り手振りで、寄席に通ってくるお馴染みを笑わせ、はらはらさせ、泣かして、怖がらして、しなければ、ならない。しかも一人で。

そんなことが二年間で可能になるとは、到底おもえない猫太は、憂鬱にしかならなかった。

 はぁと、ためいきをつく。気づけば、上野駅の近くまでやって来た。

ここは、相変わらず騒がしい右を向けばアメ横、左を向けば上野の公園と、人が集まる場所になっている。普段であれば、何も考えず、常磐線にのって、帰るとこなのだが、ふと、目に入った。

寄せの太鼓が鳴っている。

 上野鈴本演芸場だった。猫太は何の気なしに、財布を見た。そして、演芸場に向かう。

 鈴本は、昔、『本牧亭』といわれて、いて、一般に名字がゆるされ、本牧亭の主人、、、席亭といわれる人が鈴木という名前でこの二つをあわせて、『鈴本』となった。

寄席は良くも悪くも自由である。

まず、入場券を買い、中に入ると、売店や喫煙所、ホールへの扉、『番組表』といわれる出演者の名前がかかれたものがあり、お目当てのある人は、それを見ながら、時間を潰すのである。

 売店には、いなり寿司や、助六寿司、ビールに日本酒、お土産もある。ここ鈴本演芸場は、いなり寿司、助六寿司ともに、絶品である。

猫太は、いなり寿司を二つと、飲み物を買い、席につく。

 午前中と午後では演目も出演者もかわる。

落語以外にも、手品や漫才、漫談、浪曲に、講談と多種多様な芸人が入れ替わり、立ち代わりに、出てきては、人を笑わせていく。

  太鼓の音がなる。この出囃子は、米洗いだったか等と考えていると、紋付きを来た老人がゆったりとした足取りで、高座にあがる。

『えー、長い間のお付き合い、ありがとうございます。いま、少しのお付き合いを願いまして、、、』

そういって、老人はあたりを見回す。

『最近は、やくこの寄席にも、外人の方がおみえで、嬉しく思います。どうぞ、旅を楽しんでくださいな。むっかしから、旅人というのは、、、』

猫太はいなり寿司を頬張りかけて、やめた。

これは、猫が落ちに使われる噺だ。

 この演目はねずみといわれる落語で、猫太はこれが好きだった。

左甚五郎が、おんぼろ宿屋の主人の話を聞いて、一匹のネズミを彫り上げる。

そのねずみが、評判となり、おんぼろ宿屋は大繁盛するのだが、、、。という話である。

一通り聞き終わったあと、猫太は、妙な感覚に、おそわれた。

(きっと、この人が先生になるのかねぇ)

そんな、感覚だった。




 

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