オサム

秦野 蓮

第1話


 いま成田の到着ゲートから出てきて泣いているのは僕一人ではないだろう。しかし、一体何人の人が悲しくてここで泣いているのだろうか。きっと僕だけだろう。泣いている人はみんな家族や彼氏・彼女と抱き合って泣いている。きっと、お互い久々に会えて嬉しいのだろう。僕はケータイの画面がぼやけるほど泣いている。


 僕は今、ベネツィアの美術学校へ通っている。幼い頃から、ヨーロッパの美術学校へ行き絵を勉強して画家になりたいという夢があった。中学3年生のとき、高校から美術留学を親に頼んではみたが、「とりあえず高校に行ってから考えろ」の一点張りで、しぶしぶ僕は近くの私立高校に進学した。だが、高校とは非常につまらないところで、僕が学びたいものは一つもなかった。そうやって頑なに一人の世界で生きていた僕は仲のいい友達が一人もできなかった。

 しかし、僕には親友と呼べるような人が一人だけいる。家の隣に住む幼馴染のオサムのことだ。オサムとは普段から一緒に遊ぶような仲ではなかったが、僕たちはよく夜になると家の前で星空を眺めながら色んな話をした。お互いの夢を語り合ったり、一緒にしょうもないテレビ番組の話をしたりした。

そして、オサムは小中と同じ学校に通っていた唯一僕の夢を笑わないで聞いてくれた友達だった。僕の画家になる夢は小学生の頃までは周りから応援されていた。けれど、中学三年の進路決めの用紙を白紙で出して担任に呼び出されたときだった、

「お前の進路用紙白紙だけど、どこに行きたいのか決めれないのか?」

「いえ、違います」

「じゃあ、なんで白紙なんだ」

「実は、俺夢があるんです。画家になる夢が。だから高校は行かずに、早く両親を説得してヨーロッパで絵を勉強しに行きたいんです」

「なるほど。それは高校のあとからでもいいんじゃないか?お前もまだ若いし、いろんな可能性を秘めているんだから高校はいっておけ。もしものことがあったときに、中卒よりかはいいぞ」

僕はそんな先生が世間体を気にする世間モンスターにしか見えなかった。なんで自分の夢を壊すようなことしてくるのだと、腹がたった。

「先生、俺は本気です」

僕はそう言って、席をたった。後になって知ったが、先生はその後すぐに僕の両親に電話をしてなんとか僕が高校へ行くようにと押したそうだ。そのせいか、僕は両親に、「高校に行ってからでないとヨーロッパには行かさせない」と言われた。僕は自分の夢に対する思いを打ち砕かれたような気がして悔しかった。

「なんで、僕はなにもできないんだ……」

そしてその日の夜、僕はオサムにそのことを相談した。

「お前なにうじうじしてんだよ。らしくないじゃねえか。お前のことだし、もっと前向きかと思ったぞ。高校で一人の時間つくって、もっと絵の練習するとかよ。だから、そんな落ち込むな。な?」

僕はオサムの容赦ない前向きな言葉に元気がでた。そして、高校進学を決め、美術に力を入れている高校へ進学した。

 しかし、その高校の美術部は僕からすれば全く学ぶことの少ない場所だった。部員も研究熱心にはならず、いつも同じような絵しか描かない。そして、高校1年の秋で僕は学校に行く回数が少なくなった。そんなある日、オサムが家に来た。

「元気か。久々だな」

「よう、いつぶりだ?元気じゃないけど、元気だよ」

「なんだそれ。んで、なんで学校行ってないんだ」

「お前には関係ないだろ。俺は今の学校に向いてないんだよ。そもそも、俺はあんなところにいるような人間じゃな……」と僕が言いかけたとき、

「ふざけるな!何おごり高ぶってんだよ!お前は自分を高く持ち上げすぎなんだよ。お前が学校に行かずに両親がどれだけ心配してるか考えたことあるか?調子に乗るのもいい加減にしろ!」

「んだと……」

僕らははじめて殴り合いの喧嘩をした。そして、それ以来お互いに話を聞かなくなった。しかし、僕はオサムのおかげでどれだけ自分が両親に心配をかけたか気づいた。その日に、両親に謝罪と感謝をした。そして、両親はそんな親不孝な僕に「留学をしないか」と切り出したのだ。


 2年目のベネツィア生活、僕はすでに学校で一番と二番を争うぐらいの成績を修めていた。そんなあるとき、オサムから1通のメールが届いた。僕はあの日の喧嘩以来ずっとオサムを避けていた。そして避けるかのように、ベネツィアに来た。そんなオサムからのメールは少し怖かった。だが、意を決しメールをみた。


“お久しぶりです。オサムの母です。オサムのことですが、いまオサムは危篤状態です。こんな辛い話しで本当にごめんなさい。また、近状を報告します。”

「は?」僕は頭が真っ白になった。そしてすぐさま、オサムの母に電話をした。

「オサムが危篤てどう言うことですか?」

「ガンが肺に転移して、もう長くないみたいなの」

「ちょっと待ってください!ガン?いつからですか?」

僕は話についていけなかった。

「まさか、あの子言ってなかったの?高校1年の夏にガンが見つかったの」

僕はオサムと喧嘩した日を思い出した。あの時にはもうガンになっていると知っていたのだ。「なんで伝えてくれなかったんだよ……おばさん僕今すぐ帰ります。オサムに伝えてください。今すぐ行くと」


 僕は翌日、ベネツィアからローマを経由して成田へ向かった。十五時間ものフライトで近状報告が来ているかもしれないと思うだけで怖かった。「生きていろよ」と心の中で思い続けた。そして、成田に着いた瞬間、ケータイのデータをすぐさま更新した。オサムからのメールが1通届いていた。


“よう、元気か。わりーな黙ってて。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったわ。でも俺がお前に病気のこと伝えなかったことは後悔してねえぞ。喧嘩したときの日、覚えてるか?あん時言おうと思ってたけど、あれはお前に言ってたらイタリアに行かなかっただろうな。ごめん。あのときは言い過ぎた。ごめん。もう俺は長くないみたいなんだ。母さんから聞いたよ、今すぐ来てくれんだろ?待ってやるからさっさと来い。”


9時間前に届いたメールを眺めていると、電話がかかってきた。電話にでると、

「もしもし。オサムの母です……」

オサムの母は泣いていた。そして、僕も一緒に泣いた。耳につけたケータイを下ろして、オサムからのメール文をみて泣いた。

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オサム 秦野 蓮 @Ren_Hatano

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