梯子

夕凪

梯子

15歳だった僕は、何も分かっていなかった。身の程を知らなかったし、自分が何者にもなれないことも理解していなかった。

いや、まだ若かった僕は、努力さえすれば何にでもなれたのかもしれない。

でも、当時の僕は焦りも知らなかった。

時間は無限だと思っていたし……いや、それは今も思っているかもしれない。

とにかく、死を意識したこともないような能天気な野郎だったことは間違いない。

家族も含め自分以外の全ての人間は敵だと思っていたし、フィクションの世界を現実だと思い込んでいた。

まあ、典型的な現代っ子ってやつだったんだ。


高校に入学した僕は、ひたすらに孤独な日々を過ごすことになった。

いや、孤独と言うと語弊があるかもしれない。

少しだけど知り合いはいたんだ。だけど、それが問題だった。完全に知り合いも友達もいない状態なら1人で過ごしやすいんだろうけど、顔見知りがいるとそうはいかない。

すれ違えば挨拶をしないといけないし、連絡が来たら返さなきゃいけない。それが、たまらなく面倒くさかった。

友達を作るために部活にも入ったけど、時間の無駄だったな。ただ疲れるだけだった。

それでも、普段の学校生活よりはマシだった。

筋肉がついて体つきが良くなったからね。

水泳部で屋外プールだったから、日焼けもして見た目だけは普通の男子高校生になっていたと思う。内面は普通ではなかったけど。

普通じゃないなんて言い方をするとなんだか格好よく聞こえるけど、普通になれなかっただけなんだ。完全に脱線することもできなくて、線路に引っかかって進めなくなっているようなものだった。我ながら情けない日々だったな。

だから、自由を求めて高校を中退することにしたんだ。まあ、1週間後には後悔することになるんだけどね。

退学届けを書きに親と学校に行った時の恥ずかしさといったらなかったな。平日に呼び出されたもんだから、クラスメイトとすれ違ったりしたんだ。「進級の話か?」って聞かれてそうだよと返した時の僕は、どんな顔をしていたんだろう。今となっては、どうでもいい話か。

帰り道、友達と飯に行くと言って駅に向かう親と1人で家に帰る自分は何が違うんだろうって柄にもなくブルーになったのを覚えてるよ。

夕焼けを見上げながら自転車を走らせていたあの時の僕に、前を見て走れって言いたいね。


高校を中退した僕を待っていたのは、ひたすらに退屈な日々だった。さっきは1週間後には後悔していたって言ったけど、今思い返すと中退したその日にはもう後悔していたような気もするな。だって、高校生じゃない15歳なんて、中学生か不良くらいのもんじゃないか。僕はどちらでもなかったから、社会から消えてしまったような気分になっていたね。

まあ、本当に消えていたんだけど。

今考えたら本当に傲慢というか驕傲というか恥ずかしくなってしまうような話なんだけど、当時の僕はニートや引きこもりのことを恥ずかしい存在だと思っていたんだ。この時の僕は完全なるニートだったんだけどね。

だから、早急に何者かになる必要があった。

足りない頭で必死に考えた結果、僕は小説家になることにしたんだ。


小説家になるためには何が必要か。

15歳の僕は、文章力だと考えたんだ。

同年代と比べたらかなり本を読んでいる方だと自負していた僕は、書くための勉強なんかしなくても小説くらい書けるだろうと思い、ノートパソコンに向かった。書けたと思う?まあ、書けるわけないよね。3時間で2000字しか書けなくて暗澹たる気分になったのを覚えているよ。

そこで僕は、古本屋に通って創作の勉強をすることにしたんだ。長々と喋ってしまったけど、高校を中退して暇になったから古本屋で暇つぶしをすることにしたってだけだね。


当時の僕の家はニートには都合のいい立地をしていて、近所にコンビニが3軒、スーパーが2軒、古本屋が4軒もあったんだ。

朝9時に起きて、10時に古本屋に行って、夜8時まで古本屋をハシゴするなんとも暇そうな生活をとりあえず2週間続けたんだ。

そして気がついた。僕に足りないのは経験だってね。勿論文章力も足りなかったんだけど、何より経験が足りなかった。

それもそのはず、当時の僕は幼稚園小学校中学校、そして半年で退学した高校しか世界を知らなかったんだ。こういう言い方をすると今の僕はたくさんの経験をしたように聞こえると思うけど、そんなことないんだけどね。

僕は焦った。どこでもいいから、知らない場所に行きたかった。

そう願った帰り道、自転車に乗る僕の頭上から突然眩い光が降り注いできて、銀色の円盤が僕を吸い上げて……みたいな展開になるはずもなく、現実はどこまでも退屈だった。

僕が見たのはUFOでもUMAでもなく、自転車に乗って集団で帰る元クラスメイトだった。

咄嗟にジャンパーのフードを深く被った時、僕が本当になりたいのは小説家でもスポーツ選手でも俳優でもお笑い芸人でもなく、胸を張って歩ける人間だってことに気がついたんだ。

本当は蛇使いかもしれないけど。

とにかく、親が人に誇れるような、恥ずかしがることはなにもない人間になりたくなった。

ここでも人に評価を委ねているところが実に僕らしいなと思うけど、まあ、少しは成長したってことにしてほしい。


家に着いた僕は、明日も同じ生活をすることに決めた。さっき決意したのになんで?って思うかもしれないけど、2週間で少し成長できたなら、続ければもっと成長できるだろうと思ったんだ。ちょっとは違うアプローチをしろよと今は思うけど、同時に当時の僕ができるベストな行動だったんじゃないかなとも思う。

でもこの日から、自分以外の人にも目を向けるようになったし、身だしなみにも気を使うようになった。行先はいつもの古本屋だったけど。

社会は敵だ!とも思わなくなっていたし、全体的に丸くなった、というか穏やかになっていくのが自分でも分かった。


そして4年後、つまり今の僕になる。

今振り返っても、僕は自分のことを下らない人間だと思う。

でも同時に、どうしても嫌いになれない、憎めない奴だとも思う。

これから先も下らない日々、同じような日々が続いていくのかもしれないし、そうならないように努力して素晴らしい日々にするかもしれない。全ては自分で責任を取らなければいけないことだし、どうなるのかは自分にかかってる。

ガタガタの今にも崩れそうな梯子を登るような人生だけれど、楽しんでいくつもりだ。






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梯子 夕凪 @Yuniunagi

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