クリエイティブ・ラボ

山波アヤノ

序章

 日光に照らされて無機質な光を放つ建築物がひしめき合う。コンクリートの森とでも言えそうなこの場所は俊永しゅんえい大学。様々な学部や研究機関を保有する総合大学である。

 今日は土曜日で講義も何もなかったのだが、担当の教授に呼び出されたため研究室に赴いている最中だった。

 


 家から徒歩十分ほどで目的地に着いた。理工学部の研究棟最奥にその部屋はある。


「失礼します」


 引き戸を開けると、眼前に飛び込んできたのは教授のドヤ顔だった。


「なぜそんな得意げな顔をしているんですか」

「君はいつも冷静だな。ドヤ顔で返すのが筋ってもんだろ」

「どこの民族の挨拶ですか」


 パーマに丸眼鏡、細身で、いつも白衣に身を包んでいる、謎の科学者を具現化したような出で立ちのこの男こそが俺の研究の担当教授。小田おださとし先生だ。


「それで先生。ご用件は何でしょうか」

「もちろん、君の研究についてだ。頼まれていたアレが出来上がった」

「──ということは、この研究もついに大詰めを迎えますね」


 ベッドの上で横たわる、俺と同い年くらいの女子に目を向ける。彼女は眼を開くどころか呼吸すらもしていなかった。


「これだけ見ると、死体を隠しているように思えてきますね」

「同感だ。まあ、死体遺棄よりも俺らの研究の方が、倫理的にはまだマシだと思うぞ」

「そう思うような、そんなに変わらないような……」


 倫理的な話をされて、俺らは少々後ろめたい気持ちになった。微妙な空気を払しょくするように、先生が重い沈黙を破った。


「確かに、この研究はグレーゾーンだが、まだ白とも黒とも決まったわけじゃねぇ。なにせ、世界初の研究だからな」


 世界初という言葉の重さを感じ、俺は黙ってうなずくことしかできなかった。


「怖気づいたか? プロジェクトリーダーさんよ」

「俺がしたことって、そういえば世界初なんですね」

「そうだな。君の天才的な発想力と知識力が功を奏した」


 俺がこれからすること、それは世間的には嫌な顔をされるものだ。でもそんなことなんて百も承知だ。


「さて、これから最終フェーズに移行するわけだが……」

「さすがに、いきなり論文を発表するのは難しいですよね。倫理的にも、法的にも」

「そうだな。初っ端から大々的にお披露目なんてできそうもないから、最初はこの学園内のみの機密事項として扱う」


 機密事項にかかわっている。そう実感すると緊張してきた。身体からだのありとあらゆる場所から汗がにじみ出てきた。


「他言はしないように気を付けます」

「くれぐれも気を付けてくれ」


 そして、先生は高らかに宣言した。



「さて、これから最終フェーズ——完全自律型ヒューマノイドの運用実験を開始する」


  = = =


 絶好の研究日和。


 ゴールデンウイークも終わり、大学内では久しぶりの喧騒にまみれた。会話の内容の大半は「講義受けたくない」とか「毎日がゴールデンウイークだったらよかったのに」とかそんな感じである。

 しかし、まだ夏のような蒸し暑さもなく、今日は比較的過ごしやすいのがまだ救いだった。こんな日は、日陰を縫うように歩くと気持ちがいい。


 しばらくして、後ろからせわしない足音が聞こえてきた。


「ちっす、智彰ともあき。一週間ぶりくらいか」

「そうだな」

「相変わらず素っ気ないやつだな。ゴールデンウイーク中は何をしてたんだ?」

「ずっと研究してた。俺にはそれくらいしか生きがいがないからな」

「……ほんと、相変わらずだな」


 ライトブラウンに染められた、少々癖のある髪と大きく見開かれた目。醸し出される空気は陽キャそのものといえる、俺の横にいる男の名前は不知火雄太しらぬい ゆうた。小学生の頃からずっと仲が良く、その後も中学、高校と同じ学校に通い、挙句の果てには大学まで同じになってしまった親友以上の存在。


「誰かと遊びに行ったりしなかったのか?」

「俺の顔を見てもそんな質問できるか?」

「あ、目の下にクマできてる。夜更かしか?」

「研究してたら朝日が昇ってた。今日で二徹目」

「よくやるよ……。流石は研究者の鑑」

「ありがとう」

「体調管理も気を付けろよ?」


 見た目はチャラ系男子だが、内面はそうではない。こいつはこう見えても、高校生の頃は生徒会長だった。人一倍責任感が強いことくらい、こいつを見ていたらすぐにわかる。


「それはそうと……」


 雄太が俺のモノローグ独り言をかき消すように話を切り出した。

 なぜか、悪事を暴こうとしているベテラン刑事の如く怪訝そうな顔を俺に向けていた。


「どうしたんだ、そんな深刻そうな顔をして」


 雄太は、先程からずっと俺の隣にいる人物を指差した。


「お前の隣にいるべっぴんさんは誰なんだ。まさかカノジョか? カノジョなのか?」

「……初めまして。麻希まきと申します。以後、お見知りおきを」


 麻希と名乗った人物は、可愛らしい声でお辞儀をした。茶色いショートヘアで赤いフレームの眼鏡、顔立ちは整っていて、どこか抜けている天然さんのようなオーラを感じる。大学生にしてはやや小型の背丈から、なにか守ってあげたくなるような、そんな気さえしてくる。

 ぶっちゃけると俺の好きな女性のタイプそのものであり、それは雄太にも同じことが言える。現に雄太は鼻を微妙に伸ばしていた。


「智彰とはどんな関係? 恋人か? カレカノか? 夫婦か?」

「いえ、まだそのような関係には至っていません」

「おいおいどうなってやがるんだ智彰さんよぉ」

「居酒屋を行脚して泥酔したおじさんみたいな絡み方するな」


 頭に一発チョップを食らわせてやった。

 正気に戻った雄太が咳払いをして、落ち着きを取り戻した。


「それでお二人さん。……ぶっちゃけ、どこまで進展しました?」


 前言撤回。何も変わっちゃいなかった。


「雄太さん、一つよろしいですか」

「はいどうしました麻紀さん?」

「今日は一限目に授業は入っていらっしゃいますか?」

「あるで。それがどうかしたか?」

「あと30秒で授業が始まりますよ」

「……!? やっべ、遅刻する! それじゃ、また後で!」


 マッハで講義室がある教室棟へ走り去っていった。高校生の頃、陸上でインターハイ出場しただけあって、めちゃくちゃ足が速い。あっという間に背中が見えなくなった。


「さて、俺らも研究室に向かうか」

「そうですね。そしてそこで智彰さんとイチャイチャしたいです」


 そういって俺の腕に絡んできた。言うまでもなく、あの柔らかいお山の感触も感じる。

 麻希は、人の前だと可愛らしいインテリ女子のような風を装うのだが、俺と二人の環境になった途端に知的な印象を与えていた眼鏡をとり、ものすごく甘えてくる。最初こそ戸惑ったが、慣れというのは恐ろしいもので、適応できている自分がいた。


 ……胸のあの感触はいつまでたっても慣れないのだが。


「堂々とイチャイチャ宣言するな」

「いいじゃないですか。二人きりなんですし」

「今は外だ。そろそろ周りの方たちの温かい視線が恥ずかしくなってきたからやめてくれ」

「嫌と言ったらどうしますか?」

「わかった、好物のパフェで手を打とう」

「やったぁ! ありがとうございます」

「だから頼む! ホールドをやめてくれ! 俺の理性が臨界状態に達する前に!」

「やっぱり嫌です」

「なんでだよ!」


 周囲の方たちが俺たちを見てほほ笑んでいる。あの笑い方、絶対に「くそリア充爆ぜろ」って思ってるやつだ。

 もう、なんか疲れてきたし、このままでいいかな。別に悪い気はしないし。

 なんて思い始めてしまったのであった。


 = = =


 さて、ここまで読んだ読者諸君の中には、薄々感づいている方もいるだろう。

 一見すると、ただのイチャラブカップルである。当事者である俺からしても「早急に爆ぜろ」と言いたくなるような日常の一幕。


 しかし、この中に、究極の非日常が潜んでいる。


 彼女――麻希、こと峯川みねかわ麻希は、


 俺が開発した『完全自律型ヒューマノイド』、つまるところ『アンドロイド』である。

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