第20話 非リアたちのシュプレヒコール
翌週――生徒会選挙の選挙活動解禁日。
「な……なんだこいつら?」
休み時間、校内を大声を出しながら練り歩く謎の集団がいた。
「この度、生徒会長選挙に立候補しました!
なるほど、選挙活動が始まったのか。伊達丸尾――氷菓のライバルたる対立候補になるわけだ。一体どんな思想を掲げた候補者なのだろうか。
「私は非モテ、ぼっちのために立ち上がったのです! 非リア充差別反対ー!」
「「非リア充差別反対―!!」」
伊達丸尾に続き、後ろに控えるどこか辛気臭いオーラを持った男たちが声を上げる。
「非モテの人権蹂躙を許さないぞー!」
「「許さないぞー!!」」
「同調圧力反対! 一人で昼飯食べて何が悪い!」
「「何が悪いー!!」」
大声でシュプレヒコールを唱え始めた男たちを、俺は遠目で眺めていた。
「……なんかすごい奴が立候補したな。」
「ほんとだねー。」
俺の独り言に対して、突如美しい天使の笛の音色のような相槌が返ってきた。
「……おぉ!? か、神崎さん! びっくりした!」
俺の背後からひょこっと顔を出し、神崎さんはそのつぶらな瞳を俺に向ける。
「えへへ~。ごめんね、驚かせちゃった?」
「うん……驚いた。」
背後に突然可愛らしい女の子がいたら、そりゃ誰だって驚くだろう。
「生徒会選挙かー。立候補したのって、永森氷菓さんと、伊達丸尾くんの二人だけだったよね。」
「そうなんだ。神崎さんはどちらに入れるか決めてるの?」
「やっぱり……永森さんかなぁ。前に副会長してるし、生徒の夢を応援する生徒会って素敵だと思うからね。」
結局氷菓はシンプルな『夢を応援する生徒会』という言葉で広報しているのか。俺の一生懸命考えたキャッチフレーズは没になったのだろうか。
「廊下に貼ってある『若き夢――見つけ叶える――生徒会』って五七調のキャッチフレーズは、少しこしょばゆい恥ずかしさを感じるけど、それでも私は永森さんに入れるつもりだよー。」
おぉ、俺が考えたそのキャッチフレーズも結局採用してくれたのか。でもまぁ、俺が考えたという事は、誰にも秘密にしておこう。
「不順異性行為反対!」
「「反対!」」
伊達丸尾はなおも、大声でシュプレヒコールを唱え続ける。
「童貞に誇りを持ち、若き女性の操を守れ!」
「「操を守れー!」」
同じDの名を持つ者として、それに関しては共感できるな。一緒に訴えかけたいところだが、そうすれば童貞だとばれてしまうからやめておこう。
神崎さんはきょとんとした顔で、「童貞ってなにかな? 雪くんしってる?」と尋ねてきた。
「えっ……、えっと……」
純粋無垢なる穢れなき天使の神崎さんは、きっと童貞なんて低俗な言葉は知らないのだろう。しかし、なんと説明をするべきか。
童貞は本来、『カトリックの修道女』という意味だが、それを言うとこんがらがってしまうだろう。言葉を選ばなくては。
「一般的には、女性とその……肉体的な接触を持っていない男性のことかな。」
神崎さんはいまいち理解してるのかどうかわからない表情で、「ふーん。っじゃあ、操を守るって何のこと?」と続けざまに質問を重ねた。
「えっと……、女性が男性とその……肉体的な接触を持たないって意味かな。」
神崎さんはいまいち理解できていないようだ。おそらく肉体的な接触という言葉の真意を理解していないのだろう。
「なるほど……っじゃあさ――」
突然神崎さんは俺の手をきゅっと握ってきた。
「こうしたら、私と雪くんは肉体的接触を持ってるよね。これで雪くんは童貞じゃなくなって、私は雪くんに操をあげたってことになるのかな。」
「か……神崎さん/// な……なにを言って……///」
「でも、何でこんな事を大声で言ってるんだろうね。あの人たちはみんな童貞なの? 童貞って嫌なことなの?」
駄目だ……。俺にはもう手に負えない。肉体的接触についての説明は異性の俺からはできないし、このまま性知識がない神崎さんを野放しにするのも恐ろしい。誰か彼女に教えてあげてほしい。
そんな願いが通じたのか、いつの間にか菅野さんが呆れた表情で俺と神崎さんを眺めていた。彼女は神崎さんの保護者的立ち位置である。
菅野さんは大きくため息をつきながらも、助け舟を出してくれた。
「若菜……さっきからあんた、青葉くんを困らせ過ぎ。」
菅野さんは、神崎さんの耳元で何やら説明を始めた。どうやら俺の説明の補足をしてくれているようだ。
「童貞ってのは…………。そもそも肉体的接触ってのは……」
神崎さんの顔がみるみる赤くなっていく。そして口をぱくぱくさせ、あわあわ言い始めた。
一しきり菅野さんの説明が終わった後、神崎さんは顔を真っ赤にして謝ってきた。
「ご、ごめんねっ/// そ……そんな……Hな言葉だって……知らなかったから……///」
赤面し恥ずかしがる神崎さんはただただ可愛かった。
「いや、全然大丈夫……。」
むしろありがとうと感謝したいものだ。
「っじゃ、じゃあ私はこれで失礼するねっ!」
恥ずかしさに耐え切れなかったのか、謝罪の言葉を終えると逃げるように神崎さんは教室に戻っていった。
「ごめんね、青葉君。」
菅野さんはため息をつきながら言った。
「いや、助かったよ菅野さん。」
「あと、この間の打ち上げはごめんね。余計なお節介だったと思う。」
この間の打ち上げ――彼女からの助言とも、忠告ともとれる言葉が思い出された。
“その気があるなら、私は応援するよ。そしてもしその気がないなら、若葉が平穏な気持ちで夢を追えるように、そっとしてあげてほしい。”
「いや、菅野さんの言ってたことに間違いはないと思うけど。」
「ううん。青葉くんがどうしたいか、君自身が決めることだから。」
「色々気にかけてくれてありがとう。」
教室に菅野さんと一緒に戻ろうとした時、月山が教室の窓から勢いよく顔を出した。
「おぉ!? おい、何で二人が一緒にいるんだよー!」
月山は窓を乗り越え、俺に詰め寄ってきた。
「窓乗り越えて出てこないでよ……みっともない。」
「そうだ。同じクラスなんだから、別段変でもないだろ。」
「ぐぬぬ……まぁ、それもそうか。」
月山はころっと表情を変えて、「それより、ちゃんと練習してるか?」と俺の肩を叩いて言った。
「まぁ……、一応やってるけど……本当に出るのかよ。」
菅野さんは「一体何の話?」と首を傾げ、月山は菅野さんの質問に対しどや顔で答えた。
「選挙が終わったあと、文化祭があるだろ。そして文化祭とはいえば――バンドだろ?」
「……マジで? 青葉くんも出るの?」
「うーん、まぁ……去年の文化祭の時、サッカー部で来年はバンドでようぜって……。」
バンドやったらモテそうだと月山が提案し、池上、剛田、俺も同意したのだった。
「俺がギターボーカル、青葉はリードギター、そんで剛田がドラムで池上がベース。」
去年は文化祭の熱にあてられ、割とみな乗り気だった。すぐさまネットで一番安いエレキギターを購入し、それ以来お遊び程度だが暇つぶしに触っている。
とはいえ、全員そろっての練習はまだしたことがない。
「ねぇねぇ青葉くん、翼の歌ってきいたことある?」
菅野さんは表情を曇らせながら尋ねてきた。
「えっ、ないけど……自分からボーカルしたいっていうからには、それなりに上手いと思ってたんだけど。ちがうの?」
菅野さんは以前月山とカラオケに行ったそうだが、その時にいかに彼が音痴かを思い知ったらしい。
「文化祭をジャイアンリサイタルにしたくなければ、今すぐ新しいボーカルを探すべきね。」
「なるほど……。早めに聞いていてよかった。」
後日、四人が集まって練習した際、月山はボーカルを下ろされることになった。そんな文化祭の話は、まだ少し先の話である。
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