第12話 『超障害物競争』という人生を模した競技


「次のプログラムは、道中で拾ったアイテムを使っての妨害あり、『超障害物競争』です。」


 放送部員の高らかなアナウンスで、出場選手たちが入場門へと集まる。それに混じって俺も入場門へと向かった。


「雪ちゃん先輩~がんばってくださいね!」


 入場門近くに到着すると、先ほど『世界一の朝食くい競争』の競技を終えた、ちろるんがにこにこと話しかけてきた。


「ちろるん白組で、俺は赤組だから敵同士じゃないか。敵の応援なんかしていいのかよ。」


 俺の言葉に、ちろるはやれやれと腹立つ仕草をみせて答えた。


「赤とか白とか関係ないですよ。サンフレッチェ広島ファンでも、ヴィッセル神戸のイニエスタは応援したくなるのと同じ道理です。」


「なるほど。」


 イニエスタに並べられるのは甚く恐縮だが、ちろるの説明に思わず納得してしまった。


 その突如、俺とちろるの間を遮るように、サッカー部の面倒な男が割り込んでいた。


「青葉っ! お前もこの競技に出るとはなっ! そしてお前は赤、俺は白! これはまさに運命……っ! やはり俺たちは永遠のライバルという宿命にあるのだっ!」


 チャラ付いた見た目のサッカー部の副部長、月山翼である。


「月山先輩もこの種目に出るんですね。」


 ちろるの言葉に、月山は不敵な笑みを浮かべながら口を開く。


「あぁ、何でも途中に落ちている亀の甲羅やバナナを使って、相手への妨害が許されているらしい。これは熱い戦いになりそうだな。」


「おいおい、それマリ〇カートのぱくりだろ。Nテンドーから訴えられても知らんぞ。」


 その時放送アナウンスがなり、俺はあきれ顔で入場した。


「それでは第一レース、準備を御願いします。」


 放送部員のアナウンスに従い、俺と月山はトラックのレーンに並ぶ。


「今回は特別解説ゲストとして、青葉吹雪生徒会長と――その妹である風花さんにお越し頂いています。」


 アナウンスの声に、俺は一瞬耳を疑った。


「えぇっ!?」


 驚きの声を漏らす俺に、月山は「青葉姉妹勢ぞろいだな」と笑った。


「風花さん、第一レースでは、お兄さんである青葉雪くんが出走されますね。何か応援のメッセージはありますでしょうか?」


 放送部員の問いかけに、我が妹は「うーん……」と思案する声をあげた。頼むから変なこと言わないでくれと心から祈る。


「お兄ちゃん頑張れー。普段のお家では見られないカッコいいところ見せてね!」


 風花の声がスピーカーから校庭に響き渡り、全校生徒から生温かい視線が俺に注がれるのを感じた。普通の応援だけど……それでもめっちゃ恥ずかしい、本当にもう勘弁してほしい。


「雪くんのお姉さんである、吹雪生徒会長からは何か応援メッセージはありますか?」


「そうだな。青葉家の長男として、一番に私の弟が障害物を抜けてくれることを期待している。」


「おぉ、さすが弟想いのコメントです。ご兄弟みな仲がよろしく、微笑ましいコメントでした。」


 この時、俺はわずかに姉貴のコメントに違和感を感じていた。後から思えば、姉貴がそんな優しいだけのコメントをするはずがないのだ。


 しかし、姉と妹から応援コメントをもらって全校生から注目を浴びるという状態に、うれし、恥ずかし、うっとうしいという複雑な思いが巡っていた俺は、その意味を深く考える事はできなかった。


「位置について、よーい……」


”パンッ!!”


 号砲の合図で、出場選手たちは一斉にスタートした。ハードルを跳び越え、大きな壁をよじ登る。


「吹雪会長、このレースの見どころは?」


「このレースのように、人生もまた山あり谷あり、多くの障害があることを暗示した競技だな。」


「ふーん、なかなか深いんだねぇ。お姉ちゃんが考えたの?」


「まぁそうだな。これは軍隊式障害物競走に、人生の逆境、そしてマリオカートの要素を組み合わせた競技だ。」


 あぁもうマリオって言っちゃったよ。しかも軍隊式って、道理で一個一個の障害物が地味にハードだ。


「はんっ! ただの平地ならまだしも、障害物ありでは俺の方が速いようだな!」


 壁をよじ登ったところで、月山がトップに躍り出た。


「くそっ……! おっ……?」


 俺は壁をのり越えた先で、落ちていた緑の亀の甲羅を模したソフトボールを拾った。確かアイテムを使っての妨害はルールの範疇の行為である。


 少し前を走る月山の頭に狙いを定める。


「おらっ! 喰らえ!」


 俺は全力で前を走る月山の後頭部にめがけて、亀の甲羅を投げつけた。


「がはぁっ!?」


 俺の投げた亀甲羅は、見事に月山の後頭部に命中し、そのまま頭を抑えて月山はしゃがみ込んだ。柔らかめのソフトボールのためケガはないだろうが、全力で投げつけられたら当然かなり痛いだろう。


「よしっ、一番だ。」


 トップを走っていた月山を抜き去り、途中拾ったバナナの皮をばらまいて障害物をクリアしていく。しかし、この競技には精神的障害物も設置されていた。


「……なんだっ!? この障害は?」


 俺は予期せぬ障害に、思わずその足を止めてしまった。コースの途中に女子生徒が立っており、その後ろにはコースが分岐している。


「ちょっと! あなた、私と仕事……どっちが大事なの!?」



A、 お前に決まってるじゃないかコース


B、 そうは言っても仕事は大事じゃないかコース



「……なるほど、正しい選択肢を選ばないといけないってことか。」


 状況理解をしている間に、俺に追いついてきた他の男子生徒が「そんなの、Aに決まってる!」と意気込んで突っ込んでいった。


「っ……なんだこれ!?」


 Aコースに突っ込んだ生徒は、巨大な壁を前に足を止めた。そして壁の上には、『昇進』という文字が書かれている。


「お姉ちゃん、これはどういう事?」


「仕事よりも、女性を選んだAコースは、仕事での昇進への壁が高くなるというそのままの意味だ。」


 Aコースに突撃した生徒が大きな壁をよじ登ろうとしているのを見て、そちらが難所であることを確認した別の選手は、「それならBコースだ!」と駆けこんだ。


「ぬわっ、なんだよっ!?」


 Bコースに突っ込んだ生徒は、いきなり足を取られて倒れ込んだ。どうやら地面にとりもちが仕掛けられてあるらしい。そして周囲の女子生徒が、何やら粘着質な愚痴をちくちくと浴びせはじめた。


「仕事選ぶとかないわー。」


「大した給料でもないくせに、仕事優先するなんてねー。」


 どうやらBの仕事を選ぶと、女性から粘着質な悪態をちくちく言われ続けるということらしい。


「なんだこれ……どっちに行っても地獄じゃないか……。」


 しかし、姉貴がこんな正しい答えがないような問題を出すだろうか。そもそもこの問題の答えとして、二択でどちらかを選ぶのが間違いなのではないか。しかし、目の前にあるのはAとBの2コースしかない。


 いや――待てよ。そうだっ!


 俺はAでもBでもなく、その真ん中に立っている女子生徒に詰め寄った。


「あなた、私と仕事……どっちが大事なの!?」」


 RPGのNPCのように、そう唱え続ける女子生徒の手を取り、俺は頭を下げた。


「君にそんな事を言わせるなんて、申し訳なかったと思う。だけど、君との将来を考えたら、今は仕事に没頭する時期だと思ったんだ。どうか許してもらえないだろうか?」


 まずは謝る。そして将来の未来を示す。


「……そうだったのね! あなた素敵! 迂回していいわよ!」


「よっしゃー!」


 こうして俺は、この障害を迂回して進むことを許された。 


「なるほど! あぁすればいいのかっ!」


「おらー、続けー!」


 俺の模範解答を真似し、次々と同じように迂回する連中が現れた。


「くっそ、真似すんなよっ!」


 しかし、その突如に背後から次々と後続する選手たちの悲鳴が聞こえてきた。


「っぐは!? いってぇっー!」

「ぬわっ! 何すんだっ!?」


「……なんだっ? 後ろで何が起きてるんだ?」


 ちらりと背後を振り返ると、後続の選手を吹っ飛ばす勢いで俺に迫りくる男の姿があった。


「おら――っ! よくも青葉っ!」


 月山は亀甲羅を大量に拾いながら、またしても俺に追いつかんとしてきた。


「おらぁっ! 死ねぇっ!!! カカロットォ!!!」


 俺が最後の障害である平均台を渡ろうとしたところに、月山は某ベ〇ータが繰り出す、連続エネルギー弾のように亀甲羅を大量に投げつけてきた。


「誰がカカロットだっ! あとその技はベ〇ータがやられる死亡フラグだぞ!」


 俺の言った通り、月山が投げた亀甲羅は平均台にぶつかって、月山の顔面へと跳ね返り直撃した。


「ぐっはぁ――!?」


「ははっ、ほら言わんこっちゃない。このまま平均台を抜けて、俺が一番だ!」


 この時、俺は勝利を確信していた。そしてこの発言もまた死亡フラグだと気が付いたのは、俺が平均台を抜け、最後の直線を走り去ろうとした時であった。


「――っは?」


 突然、高所から落下するような浮遊感が生じ、俺の視界は真っ黒になった。


「あれ!? お兄ちゃんが消えちゃったよ!?」


 風花の驚く声が聞こえる。


「おぉっと! 一番に障害物を抜けた雪選手でしたが、忽然と彼の姿が消えてしまいました! その隙に、他の選手たちがゴールしていきます! 吹雪さん、これは一体どういう事でしょうか!?」


「ふふっ、順風満帆な道を歩んでいると思っても、人生には思いがけない『落とし穴』があるという事だな。期待通りだ。」


 落とし穴の底で、スピーカーから聞こえてくる姉貴のその言葉を聞き、俺はようやく姉貴の最初の応援コメントの真意を理解した。


――青葉家の長男として、一番に私の弟が障害物を抜けてくれることを期待している。


 それは、俺が落とし穴に嵌まってくれる事を期待しての言葉だったのだ。何と酷い姉貴だろうか。いや、その真意に気が付けなかった俺のミスだろう。


「なかなか衝撃のラストでした……。風花さん、お兄さんがトップから最下位へと転落してしまいましたが……。」


「そうですねぇ。でも、お兄ちゃんはいつも安定した道をいこうとするので、これはこれでいい教訓になったんじゃないかなぁって思います。」


「ふふっ、さすが風花だ。よくわかっているじゃないか。」


「なるほど、厳しくも温かい愛のムチという事でしょうか。おぉ、ようやく雪選手が穴から這出てきました。」


 俺は結局最下位で、全校生から同情にも似た生温かい拍手を受けながら完走した。超絶恥ずかしい。

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