第9話 木陰にいきなり引っ張られた後輩は、変な妄想をする

 俺がたこ焼きと焼きそばを買い終えて戻ると、ちろるはベンチに座り、真っ赤な食紅の飴でコーティングされた大きなりんご飴を、ちろちろと舐めていた。


「――お待たせ、ちろるん。」

「あ、先輩! お待ちしてました。」


 俺はその隣に座り、先ほど買ったまだ熱々のたこ焼きと焼きそばを、白いビニル袋から取り出しながら、「さっき風花と会ったわ」と話を振った。


「そうなんですね! 風花ちゃん、私も会いたかったな~」

「最近は風花と会ってないの?」


「そうですね。あ、でも連絡は今も取ってますよ~。」


 風花とちろるは、中学では同じ軟式テニスクラブに所属する先輩後輩という関係だった。普通は先輩後輩の間柄で、卒業してからも連絡を密に取り合う事は稀であろう。俺も中学時代の後輩とか、今ではほぼ連絡は取り合うことすらない。


「連絡取り合うって、何の話すんの? 」


「そうですね……。【悲報】お兄ちゃんに私の着替え覗かれた!とか、【拡散】画像あり!お兄ちゃんの中学時代の私服センスがごみすぎて衝撃!とか、【エロ注意】お兄ちゃんに身体を弄られた!とか……」


「うん……。それ全部間違ってはないんだけど、ネットのゴシップニュースばりにメガ盛りされてるから。」


「間違ってはないんですね……。さすがに実の妹である風花ちゃんを性的な目で見るのは、ちょっとどうかなと……。」


「いやっ、誤解がありすぎる――風呂については、俺がフロリダの意味を知らなかった事による事故で、私服だってそこまでひどくねぇし、最後のは風花がマッサージしてって言うから肩や背中を指圧しただけだ。」


「そうでしたか。まぁ、でも先輩の中学時代の私服(一学期34話参照)は正直、かなり酷かったと思いますけど……。」


「画像見たのね……。」

「ふふっ、永久保存してますよ。」


 ベンチに座りながら屋台の食事で小腹を満たした後、俺とちろるは花火の観覧場所に移ろうと腰をあげた。


 しかしその時、夜店が並ぶ表通りに目をやると、とある人物がこちらに近づいてくるのが俺の視界に入った。


「……っ!? ちろるっ!」


 それを見て慌てた俺は、まだ何も気が付いていない彼女を、やや強引に引っ張って木陰へと身を隠した。


「ええっ……!? どうしたんですか? いきなり木陰に引っ張り込まれて……もしかして、先輩……私にあんなことやこんなことを……///」


 俺に強引に引っ張られて少しはだけた浴衣の胸元を、きゅっと両手で隠すようにしながらちろるは頬を赤らめた。


「ちろるん、ちょっと静かに……。」


 変な妄想をしておどおどするちろるを黙らせ、俺は木陰からその人物の様子を覗いた。


「……誰かいるんですか?」


 ちろるはやっと状況を掴んだようで、俺と同じく木の幹から顔をひょこっと出しながらそう囁いた。


「うん、あの馬鹿そうな男が見えるか?」

「あ……、月山先輩だ。しかも……女の子連れて歩いてる……。」


 俺が発見したとある人物とは、同じくサッカー部の同級生である月山翼であった。しかもその隣には、同じクラスの吹奏楽部であり、神崎さんの一番の友達である菅野さんがいた。


「あの二人……もしかして付き合ってんのか……。」

「女の子の方も、先輩の知り合いですか?」


「同じクラスの菅野さんって子だよ。」

「へぇ~。月山先輩にはもったいないくらいの美人さんですね。」


 そこに関しては激しく同意する。いつの間に二人は、一緒に花火大会にいくような間柄になったのだろうか。しかし、そういえば菅野さんと月山……、前の球技大会の打ち上げの時も、結構仲良さそうに話していた気がする。


「邪魔しちゃ悪いだろうし……、ばれないようにこの場を離れるか。」

「そうですね。」


 俺とちろるはスネークのように、その辺にあった段ボールの空き箱を被って隠れながらその場を離れた。


 菅野さんと月山がまさか一緒に花火大会に来ていたとは――てっきり、菅野さんは神崎さんとか、吹奏楽部の人と一緒に花火大会に来ているのだと思っていた。


 だとしたら――神崎さんは今何をしてるのだろうか。


 もしかしたら、彼女も誰か気になる男と一緒に、花火大会に来ているのだろうか。


 思わずそんな考えが頭をよぎり、胸を小さな針で刺されたような痛みを感じた。しかし、俺だって後輩のちろると一緒に来ているのだし、今は神崎さんの事を考えてはいけない。


 俺は余計なことを考えないように、頭をぶんと振った。


 そんな俺の様子を見て、「どうしたんですか?」とちろるは小首を傾げて不思議そうに尋ねてきた。


「いや、虫が飛んでたから……。」


 そう言って、ごまかしながら俺はちろるを見た。


「……?」


 ちろるは不思議そうにこちらを見つめている。彼女の純粋な瞳は、夏の夜空のように綺麗で、吸い込まれそうなほど清く澄んでいる。


 その瞳の中には、確かに俺の姿が映っており、彼女の目に映っている俺は、彼女の求める姿でいるべきだと思った。


 今、俺の隣にはちろるがいて、彼女と一緒に花火大会を楽しむことだけを考えていればいい。


 神崎さんの事が頭をよぎらないくらい、ちろると過ごしている今を楽しむ。そうしていれば、いつかきっと――俺の心にはちろるの事だけでいっぱいになる。

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