第二章 花火大会
第6話 晴れ女と雨男は、花火大会の天気で賭けをする。
花火大会当日の朝――午前中はやや曇りがちの天候であった。部活の休憩時間、ちろるはずっと空を睨みつけていた。
「あんまり天気よくないですね……」
「そうだな。まぁ、部活している分には暑くなくていいんだけどね」
「でも大丈夫です。私って実はすごい晴れ女なんですから。午後には雲の子散らせて快晴にしてみせますよ」
雲とクモをかけているのか、単純に言葉を勘違いしているのか、発言だけではわからなかったが、多分間違ってるんだろうなと思った。まぁ突っ込まないでおいてやろう。
「悪いけど俺は――雨男だから」
「そんな感じしますよねー」
「おい、雨男な感じがするってどういう意味だよ。それって悪口なんじゃないのか?」
俺の言葉をちろるんは華麗にスルーし、とある提案をしてきた。
「だったら、今日の夜の天候がどうなるか……私と先輩で勝負ですね。負けた方は、夜店で何か一つ奢るってことで」
「何それ? 天気予報賭博か?」
(ざわ… ざわ… ざわ… ざわ… ざわ…)
「何ですかこのざわ…ざわ…って音? がんこちゃん?」
「ふん、カイジすら知らない奴に負けてたまるか。……いや、この場合は俺が負けた方がいいのか。せっかくの花火大会なんだから」
「ふふふっ、そうですよ。今日の花火大会、晴れるといいですね。楽しみにしてますよ~!」
そう言って、ちろるはバチンっとウインクをかましてきた。
「……。」
打ち返そうかとも思ったが、そう思うまでに間が空いたので、やっぱりそのまま受け流すことに決めた。
「ウインクしたんだから、何か反応してくださいよ~」
「突然だったから、打ち返せなかったわ……」
その後、俺もバチンっとウインクを返すと、ちろるは「はうっ!」と声を上げて反応をしてくれた。
ちろるのこのわざとらしい反応は、おそらく関西人がピストルで撃たれた時の反応と同じ類である。それができないという事は、俺は父の関東人としての血を多く受け継いでるのかもしれない。
ちなみに西洋被れしている俺たち神戸市民は、自分達は異国情緒溢れるおしゃれシティというプライドを持っている。
そのため、関西と一括りに、大阪のイメージ――わいわい賑やかな感じとか、笑いに厳しいとか、おしが強い感じ等を持たれるのは少し抵抗がある。そして神戸市民はやはり西洋被れているため、同じ関西でも京都の和のテイストには少し憧れがある。(外人が和の文化が好きなのと同じ)
部活が終わって家に帰る頃には、曇り空だった天候は、ちろるの晴れ女パワーに吹き飛ばされたのか、どこまで続く澄んだ青色に変わっていた。どうやら勝負は俺の負けになりそうだ。
家に帰りシャワーを浴びて少し昼寝をした後、父の押入れから黒の浴衣と下駄を引っ張りだした。父は基本的におおらかであり、俺が父のシャツやベルトを勝手に拝借しても別に何も言われない。
自分で浴衣を買えばいい話なのだが、年に一度着るか着ないかなんて服を、わざわざ少ない小遣いで買おうとは俺は思わない。
浴衣へと着替え、ちろるとの約束の時刻の5分前には着くように家を出た。オレンジ色に輝く夏の夕焼けに、昼間よりも穏やかになった蝉の鳴き声が溶け込んでいる。
駅前でちろるが来るのを待っていると、カランコロンと涼し気な下駄の鳴る音が耳に響いた。
「――すみません、お待たせしました。」
その声に振り返ると、涼し気な浴衣に身を包んだちろるの姿があった。
彼女の浴衣は、紺色の生地に淡いピンクと水色のアサガオの絵柄が彩られており、黄色の帯がリボン型に可愛らしく結ばれている。髪型も浴衣に合わせて、後ろで上品にくくられている。
もっと女子中学生が着てそうな子供らしい浴衣で来るかと予想していたが、非常に風情溢れる浴衣であった。その大人っぽい浴衣に身を包むちろるは、まだ残る少女の幼さやあどけなさと相まって、思わず見惚れてしまうほどであった。
「ちろるん、今日はなんか大人っぽいな。うん――普通に可愛いわ」
思わず見惚れてしまうくらい――とまでは、さすがに口にはしなかった。
「本当ですか? やったっ!」
そう言って、ちろるは嬉しそうにくるっとその場で回って見せた。浴衣の袖が、風にのってふわりと舞った。
金色に近い色の夏の夕日に照らされた浴衣の少女は、写真に残しておきたいと思うくらい、とても風情のある美しい光景である。
「先輩も浴衣いいですね。かっこいい!」
「おう、ありがとう。着る前は浴衣ってめんどくさいと思うけど、やっぱり何だかんだ風情があっていいな」
「ふふ、先輩と浴衣デート……。一度やってみたかったんですよ。また一つ夢が叶いました///」
ちろるはやや頬を染めながら、少し上目遣いで言った。
「……。うわー、やっぱり今日は人が多いなぁ。」
「ちょっ、スルーですかっ!? 今けっこう、良い感じのこと言ったと思ったんですけど。」
ちろるんは、相変らず気恥ずかしいこと言いなさる。全く困ったものだが、そういう事を正直に伝えられるのが彼女の良い所であり、俺ももっと見習うべきところなのかもしれない。
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