第25話 クラスメイト達は、青葉の指示通りのプレーを遂行する。

 できることを全てやり終え、いよいよ圧倒的パワーの剛田と、ディフェンスに定評のある池上が率いる四組バーサス、俺の所属する一組の試合の時間となった。


「何やら色々と作戦を考えてみたいだけど、俺たちの最強リトリートサッカーは崩せないぜ。」


 試合前、池上はにやにやと笑いながら、俺に話しかけてきた。


「崩してみせるさ。それより問題は、剛田の方なんだけどな。」


「ふん。剛田くんがいる限り、リトリートサッカーの得点力の弱さは度外視できる。お前たち一組に勝ち目はないさ。」

「……リトリートサッカー。」


 サッカーの戦型を大きく分けると、こんな感じで分類できる。


 まずは攻撃の仕方が二通りある。


・ショートパス型……細かいパスを繋いで、相手を崩していく

・ロングパス型……長いパスを積極的に使い、一気に相手ゴール前に攻め込む

という二通りだ。


 ショートパス型の場合、ボール支配率が高くなるという利点と、自分たちのペースで試合運びができるなどの利点がある。一般的に技術の高いプロチームが使う戦法であるため、パスを上手く回す技術がなければ、相手にインターセプトされやすい。観ていて面白いサッカーは無論こちらであるが、実践するには高い技術と、息の合ったコンビネーションができるまでの練習が必要になる。


 一方のロングパス型は、ボールを奪ったら、すぐ相手コートに大きく長いパスを出し、ロングパスさえ上手く繋がれば、一気に相手ゴール前でのチャンスが作りやすいという利点がある。しかし、ロングパスは相手に奪われる確率が高く、ボール支配率が下がり、守備に徹する時間が長くなりやすいというデメリットもある。


 それでもやはり、初心者の多い球技大会では、ショートパス型よりもロングパス型を主軸にした方が得点につながりやすいのは明らかだろう。


 続いて、守備も大きく分けて二通りある。


・ハイプレス型……意欲的前に出てボールを奪いに行く

・リトリート型……自陣に下がってポジショニングし、相手の攻撃を防ぐ


 ハイプレス型の場合、相手コートでボールを奪うことができれば、その分相手ゴールにすぐさま攻撃へうつれる。しかし、自陣のゴール付近の守備が手薄になりやすい。


 リトリート型の場合、自陣の守備に徹底し、とにかく点を入れられないことを絶対目標にする。防御に特化し、弱いチームが試合を引き分けに持ち込む際に使わることも多いため、消極的な面白みのかけた戦法だとよく言われる。


――四組はリトリートロングパス型だ。


 相手に点をいれられないよう全員でがっちりと守備を固め、ボールを奪ったらロングパスを剛田に送り、彼のワンマンパワーで得点する。剛田の一人の力に任せきりではあるが、それでも彼一人で得点できるポテンシャルが剛田にはある。


 それぞれポジショニングし、いよいよ試合開始のホイッスルが鳴らされた。前半は我らが一組からのキックオフで試合は始まった。


 センターサークルで松坂が前に出したボールを、俺が受ける。


――その瞬間、我が一組の男子は一同に動いた。


 バレー部で長身の高木、陸上部で俊足の鈴木が一気に前に跳びだした。それに続き、バスケ部の真野、野球部の松坂も前に走り込む。


 みんなさっそく俺の指示通りに動いてくれている。


「いけっー!」


 俺は相手ゴールの手前の中央付近へ、ふわりとボールをけり上げた。ボールの落下地点では、俊足の鈴木が回り込んでいる。


 しかし、鈴木の周りを既に四組の選手たちが囲みこんでいた。合えなく、俺の出したパスは四組ボールへと変わってしまった。


「――奇襲か。残念だったな。」


 剛田はボールが自陣ボールになったところを確認すると、そう言って一組ゴールへと走り出した。


「いや――、まだだ。」


 ボールを確保した四組の男子生徒は、剛田に向けてロングパスを出そうとしているのが見て取れた。


 しかし、ロングパスを出そうと大きく振りかぶった隙をつき、バスケ部の真野が見事にインターセプトを決めた。


「ナイス――! 真野!」

「っなにっ!?」


 再び一組ボールに変わったのを見て、剛田は少し驚いた表情で、ゴール前に走り込もうとしていた足を止めた。


 真野に俺が伝えた役割はこんな感じだ。


“真野はバスケ部だから、攻守の切り替えがめちゃくちゃ素早い。だから、相手チームのボールになった瞬間、一目散に奪いにいってくれ。ボールをもった相手は、速攻を仕掛けるためにロングパスを出そうと大きく振りかぶる。その隙をついて、プレスをかければきっとボールを奪える。。”


 バスケは本来、サッカーなんかよりも圧倒的に攻守の切り替えが激しいスポーツである。そんなバスケを本業としている真野には、攻撃の一人として参加してもらいつつも、インターセプトを狙うことに集中してもらうことにした。


 真野はボールを奪うと、運動神経のいい野球部の松坂にパスを出した。


 松坂は相手ゴールに向かおうと前を向いたが、その前にディフェンスに定評のある池上が立ちふさがった。


 松坂は若干ぎこちないながらも、フェイントを入れつつ池上をドリブルで抜こうと試みた。しかし、それはあえなく池上に見切られ、ボールを奪われた。


「ぐっ、くそっ!」

「ははっ、俺様を一人で抜こうなんて、百年早いぜ。」


 悔しそうな松坂に対し、池上は勝ち誇ったように言いながら、真野がプレスをかける前に、素早く剛田のいる方向へとロングパスを出した。


 池上が出したロングパスの落下地点に剛田が走り込む。


――しかし、ここまでは想定内である。


「太田くん! 頼んだ!」


 俺の声に、ラグビー部の太田君は、「任せて――!」とボールの落下地点にでんと構えた。


 太田君に俺が伝えた役割は以下の通りである。


“太田君は、ラグビー部でも屈指の重量級だ。あの剛田のフィジカルに勝てる可能性があるのは、うちのクラスじゃ太田君だけだ。相手からのロングパスが剛田に通るのを、なんとか身体を張って邪魔してほしい。”


 その役目は、まさに太田君――彼一人にしかできない唯一無二の役割である。サッカー部の俺でも、圧倒的な体格差を覆して空中で剛田と渡り合うのは厳しい。


 邪魔してほしいと言ったのは、ボールを奪う必要はないからだ。さすがにボールを奪うところまでは、サッカー経験者ではない太田くんにお願いするのは厳しい。ボールは見なくてもいい、ともかく剛田が綺麗にボールをトラップできないように邪魔をしてほしいことを強調した。


 池上の出したロングパスを巡る、剛田と太田君の激しい競り合いが行われた。


 太田くんのフィジカルに押された結果、剛田は少し体制を崩して、胸でトラップしようとしたボールがコロコロと転がってサイドラインを割った。


 一組ボールのスローインである。


「ナイスだ! 太田君!」

「えっ、やったー!」


 太田君は少しはにかむように笑いながら、俺にハイファイブを求めてきた。


 “ばちんっ”――とお相撲さんの張り手を打たれたような衝撃を受けた。


「いって……」

「あっ――、ごめん。つい力が入っちゃった。」


「いや、本当にナイスだよ。この調子で頼むよ!」

「うん! がんばる!」


 俺が唯一、太田君だけを“くん”付けで呼ぶのは、彼がでかい図体のくせに、穏やかで優しい心の持ち主だからである。優しい心を持った巨人……そんなゲームあったよね。――巨人のドシンだっけ? それに近しいものを太田君からは感じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る