第5話 青葉雪は、妹の全裸を見ても特に感情の起伏は起こらない。

 あれは中三のクリスマスの時である。俺は当時好きだった女の子に告白をして、念願かなってOKをもらったのだ。


 大晦日の夜……。12月31日の23時59分59秒。


 俺はテレビの新年カウントダウンを見ながら、1月1日0時00分ジャストに、付き合っていた彼女へあけおめメールを送った。


 送った瞬間、丁度メールの受信通知の画面になった。


“もしかしてっ、彼女も新年一番に俺にあけおめメールをくれたのだろうか……!”


 俺は期待に満ちて、彼女からのメールを開いた。


「あけおめ。いきなりでごめんだけど……、うちらさー、やっぱり別れよ。」


 メールの文面を読み、俺はしばらく放心状態になっていた。除夜の鐘がボーンと遠くで打ち鳴らされる音だけが頭の中で木霊していた。


「えっ!? ちょっと待って? なんで? まだ付き合って一週間も経ってないじゃん!?」


 俺は慌ててメールを返信した。


「いや、だって……あの時、彼氏いなかったからさ。周りの友達、みんな彼氏と過ごすっていうし、クリスマスにボッチとかまじありえないし。ごめん、ほんとはそこまで、雪のこと好きじゃなかった……。」


 彼女からのメールを読み、俺はずるずるっと年越しそばをすすっている家族にばれないよう、一人トイレに籠って泣いた。


 氷のように冷えきった寒いトイレの便座に腰かけ、家族に声が聞こえないように、しくしくしくしくと声を潜めて泣いていた。世界一とは言わないが、町内で一番くらいには不幸な年明けを迎えた人間であったはずだ。


「……くそぉ、ふざけんなよっ!」


 俺が年末どう過ごしてるかな? っと思いをはせていた一方で、彼女は年末の大掃除してる最中に……「あぁ~どうしようかな? まぁ面倒だし、捨てちゃお! 断捨離~断捨離~♪」みたいなノリだったのかっ……。


 結局、トイレに籠っているのを家族に心配され、俺の恥ずかしい恋愛の傷は家族全員にばれてしまった。正直二度と思い出したくもない過去である。


「俺はあれ以来、適当な告白の返事をする奴が大嫌いになった……。告白の返事は、相手のことを真剣に考えて、自分の想いがきちんと定まってからするべきだと! それが本当の誠意ある姿だとっ!」


「なるほどね……。だから、兄ちゃんはけじめをつけるために、今の好きな子に振られて、その後で本気でちろるんを愛することができると思うまで、返事はお預けってことなのかな。」


「……何で俺が振られる前提なんだよ。」


「でもさ、やっぱり告って駄目だったから、ちろるんと付き合いましたはクズだ。そんなことしたら殺すよ。」


 風花の目は本気だった。飢えた虎のような目をしている。こいつなら、親しい先輩のためを思って兄を手にかけることだって考えられる。


「案ずるなよ。妥協で付き合うとかは絶対しない。本当に俺がちろるを好きになった時、あいつも俺のことを好きだったら付き合う。」


「まぁちろるんのこと、真剣に考えるなら大目に見てあげよう。保留の色が青から金に変わることを祈ってるよ~」


 風花からようやく殺気が消えた。兄に殺気を向ける妹ってなに? いや、これは殺気をむけられる兄に非があるか。あと――何でこいつ中学生のくせに、パチンコの保留の色の期待値とか知ってんだ。


「っじゃあ私はフロリダするね~」


「フロリダ……? アメリカ南東端に位置する州か?」


「はぁ~もうお兄ちゃんまじ卍。」


 だからフロリダって何なん? あとまじ卍もまじ何なん?


 そんな問いもむなしく、風花は二階へと階段を上っていった。


 いや、それより本当に、ちろるのことを真剣に考えなければいけない。とは言っても、そもそも好きって何だ。そこから考え出すと、もう哲学の世界である。


 俺は神崎さんが好きだ。その理由はどうしようもなく、彼女が可愛くて尊いからである。対して、ちろるはどうだろう。彼女については今まで恋愛対象に見てなかったが、風花が言うように普通に可愛い。おまけに、マネジとしてかいがいしく世話をしてくれ、中学から俺を一途に恋い慕ってくれていたようだ。

 

 それを知った今、俺はどうするべきなのだろうか。神崎さんは諦めて、ちろるの告白を受け入れるとする。しかし、そこに妥協はないのか? 俺が嫌いな適当な告白の返事になっていないだろうか。


 ぐるぐると頭を悩ました結果、どうしたらいいかわかんないという、生産性ゼロの結果となった。


 あぁ……考えすぎて頭疲れた。


「風呂でも入って……ゆっくり寝よう。」


 二階への階段を上がり、俺は風呂の脱衣所の扉をあけた。


 扉の向こうには、妹の裸の姿があった。


「はぁっ!? なに風呂入ってきてんの!? フロリダするって言ったじゃん!!!」


 久しぶりにばっちりと妹の裸を見てしまった。瞬時に胸と股間を手で隠し、少し恥じらいの表情を見せるあたり、本当によくできた妹である。


 まぁばっちり目に焼き付けたのだけど……、だからといって特に何とも思わない。それが実の兄弟というものなのだろう。


 あとでわかったことだが、“フロリダ”は“お風呂入ってくるので離脱します”の意味らしい。……そんなん知らんって!!!

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