第19話
午後の日差しがだいぶ傾いているだろう。
しかし店内は厚いカーテンが引かれておりそんな外の様子はうかがえない。
カーテンの隙間から入り込む光が少し弱く、影を落としているように見えた。
お香が弱まった室内でリースは鈴木の上で横たわった状態で意識を取り戻した。
店内は一瞬前と同じ状態だった。彼らの周りにはむせ返るような薔薇の花々。
そしてリースの流した血。
彼女はうっすら目を開けると自分の左手を見つめていた。
手首にあれだけ深く傷つけた傷は跡形もなくなっていた。
(……戻った…か…)
彼女は一瞬目を閉じて、鈴木が生きているかどうか確認した。
彼の心臓の鼓動をその耳で確かめた。
確かに彼は生きていた。
心音も正常、呼吸も正常だ。
ただ意識だけが戻っていない。
リースはゆっくりと体を起こし、彼のそばに座り直した。
長い黒髪が彼の白いシャツの上にまとわりつきながら離れた。
イヤーカフスを指でいじると、リースは彼の両手首についた痛々しい痕を見つめた。
「ゲシュ…ではないのか。あの天使の言い分だと、
(守り?)
リースはハッとした。
左手の椅子の上においてあった鈴木のカバンに目が吸い寄せられた。
小さな人形がカバンについていた。
羊毛フェルトで作られたスチームパンクの格好した白いウサギのマスコットが。
リースはそれを手に取るとウサギの腹を爪を立てて割った。
すると中から出てきたものは、白い綿。
さらにその中には女性の髪の毛でグルグルに巻かれた
「まったく、素人が知識もなしに、こんなことするからっ」
推測でしかないが、彼女がよかれと思ってしたのだろう。
リースはそのマスコットをカバンから引きちぎり、床に叩きつけようと思った。
しかし、引きちぎったところで彼女の手が止まった。
そして、急に声をあげて、笑い始めた。
「…2つのものの見方とはよく言ったものね。彼がここに来なければ、私は「向こうの世界」へは行かなかった。向こうへいかなければ、天使と会話することもなく、自分の存在意義やこの世界へ来た意義も問い直すこともなかった…」
(最後の天使の言葉を信じるのなら、彼はこの世界のどこかに必ずいる。
『エロイ・エロイ・レマ・サバクタニ』
私は彼に見捨てられたんじゃない。
彼には私を見捨てるに足るだけの「理由」があったんだ。
何か他に「理由」が…ある。きっと)
彼女はマスコットを持ったまま立ち上がって、キッチンへ向かった。
最後に聞いた天使の言葉を小さな声で誦じた。
『ババロンの愛はひとつ。
そして、彼女の愛はこの唯一の愛を数限りない愛に分ち、それぞれの愛は<唯一のもの>と一致して、同等だからである。
ババロンは永久に彼女自身の輝きにヴェールを掛けねばならない…』
アエティールで杯を受け取った。
右手を水道の蛇口のところへ持って行き、水を受けるための杯を作り、口に水を含ませた。
そのまま鈴木の元へ戻り、口移しで冷たい水を一口、彼に分け与えた。
「…う"……」
ゴクンと喉を鳴らして、水を飲み込んだ。
彼女はそのまま唇を離さず、なおキスをし続けた。
鈴木は意識を取り戻すなり、その状況に驚いて、必死でリースから逃れようともがいた。
体重をかけてくる彼女の体を退けようと腕を振るうが力が入らなかった。
「リ、リースさんっ‼︎なっ、何してるんですか‼︎ダ、ダメです!僕、彼女がいるんです!」
そんな言葉もお構いなしに、リースは彼の耳、首筋へと唇を這わせた。
熱い吐息がかかり、ぞくぞくする背筋が反射的にのけぞった。
いつのまにかシャツのボタンが全て外されていた。
彼女の唇に、手に、指に鈴木はまったく抵抗ができなかった。
まるで自分の体ではないように自由が効かない。
彼女はYシャツの下にあるアンダーシャツをたくし上げると紅い唇で下へ向かって彼の体の至る所にキスで印をつけ始めた。
「…う。……あっ」
思わず声を上げてしまうほど、彼の快感の中にいた。
意識が薄ぼんやりとし始めた。
このまま「溺れてしまいたい」欲求と彼女に対する「罪悪感」が半分半分になっていた。
そんなことを思っていると急に唇を塞がれた。
彼女の執拗なキスで彼の体は上下に揺れ始めた。
しかし、両腕はあげることができない。
これほどまで執拗に責められれば、男ならば抱きしめてキスをし返すところだが。
「はい、これ…」
目の前には無残にも破壊されたウサギのマスコットが揺れていた。
紅い目をしたリースが嬉しそうに微笑んでいた。
息を荒くしながら鈴木がようやく訪ねた。
「これは?」
「原因はこれだったみたい…。悪いとは思ったけれど、壊してしまったから、もう大丈夫…」
そう言うとそのマスコットを彼の胸ポケットに入れた。
ウサギの顔がちょうどポケットから出るほどの深さに入れた。
「大丈夫……?もう?」
「…ええ……」
リースの右手は彼のズボンのベルトに掛かっていた。
カチンと小さな金属音がして留め金が外れた。
リースはスラックスの中で大きく熱くなっているものに触れた。
彼女は鈴木から唇を離すとその手の中に握られたものを愛おしそうに撫で、何度もキスをした。
声を上げずにはいられないほどの快感が襲いかかってきた。
「!」
「だから、お代をいただくわね……。」
鈴木はもう意識を保っていられないのか、おうむ返ししかできないようだった。
「お…代……って?…」
「あなたがあなたの彼女にいつも
「…してい…るって……うあっ」
「1回分、いただくわね。あなたの精液を。大丈夫。私の本領だから、快楽としては絶頂を体験できるけれど、記憶には残らないし、死に至るほどいただいたりはしないから、安心して身を委ねて。…抵抗すると、この上なく苦しいわよ…」
彼女の手の中に姿を現したものが、天を仰いでいた。それが瞬時に紅い唇で覆われた。
鈴木はなされるがまま、絶頂の中で意識を失い、彼女の手の中で赤子のように眠った。
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