第6話
胸の上で両手を組み、男は魔法円が描かれた布の上で眠り続けていた。
その周囲には何十本の真紅の薔薇が彼を囲むように配置されていた。
まるで紅い絨毯で壁をつくるように置かれていた。
瑞々しい花弁はよい芳香を放ち、空気が凛とした。
白いヴェールを身につけたリースが彼を見下ろしていた。
彼女の格好は、先ほどとは出で立ちが異なっていた。
衣類を身につけているというよりは、ほとんど裸体に見えそうなほど透ける薄い布地を巻きつけ、ヴェールをつけていた。
素足には鈴のついたアンクレット、グングルーといわれるものをつけていた。
ちょっと足を動かすたびに、シャランシャランと高い金属音がした。
いわゆる「儀式」を執り行うような格好だ。
彼ら2人以外店にはいないはずなのに、突然、「声」が聞こえた。
「だから、『残るな』と申し伝えたであろう?」
彼女は「声」の方向を見上げた。
その方向には鹿の剥製があった。
彼女はその「声」を聞くと右手で裾を引き、ひざまづいた。
ヴェールを緩やかになびかせ、剥製の方へ首を垂れた。
「お師匠さま、お珍しいですね。こちらにお出ましになられるとは」
「なかなか良い「
「私ごときが、そちらからいなくなっても、見つからないと思っていましたのに…」
「精霊の中でも、其方は特別よ。持つ「気」が他の者たちとは異なるゆえ探しやすい」
「見つかりやすいってことですわね…」
彼女はがっかりしたような顔をした。
「太陽の力が弱くなっている秋分点以降は皆、眠りにつくものぞ。「門」の向こうへ渡ってしまっては、」
「無理は承知しています。用が済めば、すぐにでも戻りますわ」
「逆に言えば、用が済まねば戻らぬということだな?」
彼女は「はい」とも「いいえ」とも言わずに、黙り込んだ。
「どうかルーさまにはご内密に…」
「私が言わずともルーさまは全てご存知であろう。そなたが憑依しているその者のことも考えんとな。その者は、そちらの世界の存在であって、こちらの世界の存在ではない。あまり長いこと憑いておると強い方に吸収されてしまうゆえ」
イヤーカフスを揺らしながら彼女は立ち上がった。
小言は聞かないと言わんばかりだ。
「まあ、どちらが強いかは時間が経てばわかってこよう。世界の「
「はい…」
「わがままがきくのも一時のこと。宿主を殺さぬ程度に自重せよ、リース」
「はい…」
お師匠と呼ばれた男は軽くため息をついた。一度言い出したらきかない頑固なところが彼女にはあることを知っていたからだ。
「で?その男は、どうしたというのだ?」
「『ゲッシュ』がかけられています。どこでどのようにかけられたものかわかりませんが」
「『ゲッシュ』とは穏やかではないの」
「はい。この手の呪いは時をかけて魂を蝕む最悪なものです。これは推測ですが、おそらくは、いばらの王のものかと…」
「それは益々穏やかではないの。それで薔薇を使おうと思ったか?」
「はい。同じ質を持つ
「まあ、間違ってはおらぬが、もう一つのものはどう用意する?」
「それは、まあ、おいおい…」
リースは痛いところを突かれたという顔をした。
床に飛び散っていたティカップの破片を集め始めた。
「ですので、真偽の程を確かめるべく彼の心に潜ってみようかと思っています」
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