第5話

ガッシャン!

彼は倒れ込むように意識を失い、テーブルに突っ伏した。

テーブルの上にあったティーカップが床に落ちて割れてしまった。

その音を聞きつけてキッチンから店長が顔を出して、彼らに近づいた。

「どうしました?大丈夫ですか?」

テーブルの上の男性が目に入ると店長は驚いて、ポケットから携帯を取り出して119番をしようとした。

立ったままその様子を見たリースは、つかつかと店長に近づくと彼のシャツの襟元を鷲掴みにして、彼女の目線に彼の顔が来るようにものすごい力で引っ張った。

「うわっ!」

その拍子に携帯が手から落ちた。

「何です?どうしたんですか?リースさん…?」

彼女の瞳の色は燃える「紅」だった。

彼は目を閉じることができず、視線も動かせず、ただ彼女の瞳を覗き込んでいた。

言葉が出ず、口だけがパクパクと動いた。

「店長……お願いがあるの…」

「紅」い瞳と紅い口紅がより一層光を放っている気がした。

艶々と赤黒く光っている。口元だけを見ているとまるで蛇のようだ。

今まで見たことのない表情の彼女が自分の目の前にいた。

声を荒げることなく静かに話しているが、彼女の吐く息には奇妙な熱気がこもっていた。

恋人が耳許で囁くような甘い声だ。

「ハロウィンで使ったレメゲトンのテーブルクロスを床に敷いて、彼をそこに寝かせていただける?私の力だけでは、運べないから…」

「……は…い」

「それが終わったら、お使いをお願いするわ。近くのお花屋さんへ行って真紅の薔薇をあるだけ買ってくること。いい?」

「…はい…」

意識とは裏腹に返事をしている。そんなことを答えるつもりなど毛頭ないのに。

「戻ったら、お店の外に出てちょうだい。時間はそれほどかからないから夕方の開店時間前に戻ってくきていいわ。あ、」

彼女は襟元から手を離し、床に落ちた携帯を拾って、彼の服の胸ポケットに入れた。

「………」

彼の両手が力なく下に落ち、目から生気が消えた。

「携帯は持っていって。それを通しているから」

彼は、彼女の言った通りのことをただ黙ってし始めた。

それは黙々と働くロボットのようだった。

店の中央に広いスペースを造るように、テーブルやイスを壁際に寄せ始めた。

ガタガタと重い音が辺りに響いた。

スペースが出来上がると店の奥から黒い大きなテーブルクロスを出してきて広げ始めた。

布地の上には白字でいくつかの星印と魔法円そして正三角形が見えた。

図形の間には何らや文字らしきものが見えるが何が書いているかは皆目わからなかった。

広げ終わると今度はテーブルに突っ伏している男性の腕を引っ張り上げて肩に回し、立ち上がらせた。数歩よたよたと進むとそこはテーブルクロスの上になった。

そこにまるで物でも落とすように無造作に男性の体を投げ出した。

ゴン…という音がしたが、目を覚ますような気配はない。

店長はそのまま動かなくなった。

リースは店長の前に立つと頬を手で撫でながら呟いた。

「ありがとう。じゃ、もう1つのお仕事をしてきて。全部のお仕事が終わったら、のよ。いいわね?」

そう言うと彼女は彼の唇に軽くキスをした。

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