第238話 聖女

タルトは苦しむティートの肩を掴み説得を試みる。


「ティート君、あんな奴に負けちゃ駄目!

君は強くなったんだから!

それにミミちゃんが帰りを待ってるんだよ!」

「ミミ…そうだ…俺はこんなところで…。

だが、この憎悪のようなおぞましい気持ちをいつまで抑えられるか…」


そんな様子を楽しそうに笑いながら眺めてるピンキー。


「もうどうにも出来ないんだってー。

諦めて受け入れればいいのさ」

「そんなことないもん!

絶対にティート君は負けないんだから!」

「タルト…様…」


この瞬間、タルトの胸元が光ったと思ったら身体全体に広がる。


「これは…一体、何?」


自分の身体に起きた異変に驚くタルトであったが、ふとあることに気付く。


「ティート君の中にある黒い何かを感じる…」


頭では理解が追い付かないが自然と身体が動く。

右手に魔力を込めるとティートの胸を撃ち抜いた。

光る魔力が貫通するとティートの苦しみが消えている。


「苦しみが消えた!?」


ティートは内から込み上げて来ていた何かがふっと消えたのをはっきりと感じた。

それを見るより先にもう一人の獣人の懐に潜り込むと今度は左手で魔力を放つ。


「これは…忌まわしい女神の波動を感じるのさ!

本当に聖女って何者なのさ!」


ピンキーは悔しそうにそれだけ言い放つと地面の影の中へと消えていった。

ティートは苦しみも消え立ち上がっており、獣化した獣人は意識を失い倒れている。


「ふぅ…」


ピンキーが立ち去り変身を解くと纏っていた光も消えていた。


「ティート君、大丈夫?」

「あ、はい!

俺はもう大丈夫です。

さっきのは一体、何をしたんですか?」

「分からないけど二人を救いたいって心の底から願ったら急に身体の奥から力が湧いてきたの。

そしたら二人に纏わりつく黒いもやみたいのが見えるようになって中から湧き出る光の魔力で打ち消せるのが何となく理解出来たんだよね」

「あの時、憎悪が一瞬で消え温かい気持ちに包まれたようでした。

奴の魔の力を聖女様の聖なる力で消し去ってくださったのですね」

「このペンダントも光ってたから女神様が力を貸してくれたんだろうね。

うん、この人も意識を失ってるだけで大丈夫そうだよ。

見た目も元に戻ってるしね」

「俺が担いで先に戻ります。

聖女様はティアナ様達と合流ください」

「うん、気を付けてね。

私も合流してすぐに戻るからねー」


ティートに気を失ってる獣人を任せ再び前へと進んでいく。

それまでと違い高速で森の中を一気に進んでいった。

合流地点に辿り着くと既にティアナとカルンが到着し情報を共有している。


「お待たせしましたー」

「やっと来たか。

ん、ティートはどうした?」

「それが…」


タルトはこれまでのいきさつを簡単に説明する。

ティアナとカルンは真剣に話を聞いていた。


「まさか影が関係してるとはな…。

奴等は一体、何が目的なんだ?」

「アイツ等はただ人が苦しむのを見たいだけなんじゃネエカ」

「いつの間にか消えてたから分からないんですよねー」

「だが、これで一件落着だな。

次、発生しても殺さずに済みそうだ」

「そうですね、それが一番です!

早速、ケツァールさんに報告しましょう」


急ぎケツァールの元へ戻り森で起こったことを説明した。


「死の王の影とな…」

「聞いたことありますか?」

「無いな。

だが、そのような者の噂は何度か聞いた事がある。

黒いフードを羽織り人相も不明な人物のな。

その噂と併せて必ず不吉な事が起こったものだ」

「間違いなさそうですね。

いつも悪いことばっかり企んでいるので気を付けてくださいね」

「ふむ、国中に伝えようぞ。

それにしてもそなたは何者ぞ?

女神とは余が生まれる遥か昔に消えた存在だぞ。

その力の一端を持つとは何故だ?」

「それが自分でも分からないんですよー。

急に宿ったみたいで」


タルトは異世界から来たことはさりげなく誤魔化した。

女神の事は実際によく分かっていないので事実でもあるのだが。


「まあ、そのことは良い。

それより同胞を救ってくれたことには感謝しようぞ」

「もしまた獣化したらすぐに呼んでください。

絶対に殺しちゃだめですよ」

「ああ、期待しておるぞ。

褒美に面白いことを教えてやろう」

「面白いことですか?」

「本来は他勢力の事は口外せぬのだがな。

貸しを作るのは好きではないのだ。

そなたは旧フランク王国領を解放したらしいな。

その遥か東南の方向に悪魔が支配する村が存在し多数の人間がおるそうだ。

詳細な場所は後で地図に書いてやるから後は好きにするが良い」

「そんな話聞いた事ネエナ。

本当にそんなのあるノカ?」

「悪魔でも知らぬのも仕方ない事よ。

そこはうまく隠されておってな。

地図にものらず誰にも知られていないのよ。

だが、余の情報網には引っ掛かっておる」

「そこは何の村なんですか?」

「目的までは分からぬ。

余の国には関係ないからほおっておったのよ」

「とりあえず戻ったらすぐに救出に向かいましょう!

酷い目にあってるかもしれないですから急がないとですね」

「気を付けていくがいい。

あそこは情報が少ない。

何があるか分からぬぞ」

「はい、ありがとうございます!」


問題も解決し安心して獣人の国を出発した。

予想外の情報を得てその足取りは急いでアルマールへと向かっている。

来たときより2倍の速度で進み想定の半分の日程で戻ることが出来た。

早速、みんなを集めて結果を報告する。


「ということがあったんですよー。

なので、これからやるべきことが2つ出来ました。

ひとつは天使の国に行って遺跡調査です。

もうひとつが悪魔が支配する村から人々を救出ですね。

急ぎは救出作戦の方です。

何か質問とかありますか?」

「タルト様、既にカルンが指摘したようにこの地図の場所に人間が住む村なんて聞いたことがありマセンワ。

ここは複雑な地形の谷間と深い森だけデスノ。

それに悪魔が人間を飼っても何のメリットもありマセンモノ。

せいぜい虐めて楽しむくらいデスワ」

「ケツァールが我々を罠にはめる可能性はないのか?」


ノルンは天使として獣人であるケツァールの言葉が信じる事が難しかったのである。


「そんな卑怯な事をする人じゃないですよー。

会って話してみたらちゃんと分かりますもん」

「まあ、タルトがそういうのであれば私としてはお前を信じるだけだな」

「まず救出作戦に行ってみましょう!

何もなければそれでも良いですし、苦しんでる人がいるなら助けないとです」

「では、ワタクシがご案内しマスワ。

その場所の近くには行ったことがありますし悪魔の方が怪しまれませんモノ」

「そうですね、今回は目立たず少人数で潜入しましょうか。

何もなければこっそり帰ってきましょう。

シトリーさんとリリスちゃん、それとクローディアさんで行きましょう!」


急いで準備をすると主に食料を持ったら街を出発した。

飛行できる三人は地面すれすれを飛び、クローディアのみ高速で走っていく。

生物ではないクローディアには疲労はなく速度は一定でどこまでも走ることが出来るのだ。

あっという間に旧フランク王国領の外れまで辿り着く。


「ここから先は悪魔が支配する地域デスワ。

なるべく警戒しながら物陰に隠れて進みマスワ」


こうしてケツァールから得た情報にある未知のエリアに踏み込むのであった。

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