第229話 惨殺事件 その②

神殿に戻り今いるメンバーを会議室に集める。

ノルン、ティアナ、カルンに加え警備にあたっていたティート、事情を知っていると思われるユン、そのお供としてリーシャとミミも一緒だ。

ユンを怯えさせないように優しく問いかける。


「ユンよ、お前の兄が事件に関わっているのは間違いないようだが何があったのか教えてくれるか?

兄を助けるためにも些細なことでも良いから話して欲しい」


ユンはキョロキョロと不安な顔で困っていたがリーシャとミミが左右から手を握って落ち着けさせる。


「ユンちゃん、ゆっくりでいいからおしえて」

「だいじょうぶなのです。

みんなでかんがえればいいあんもうかぶのです」


二人に後押しされてゆっくりと話し出す。


「お兄ちゃんはとてもやさしいです…。

だから、あんなことするはずないんです」

「優しかった兄が何かの原因で変わったとみるのが正しいのだろう。

何か思い当たることはあるか?」

「分かりません…。

でも、さいきん、ずっとつらそうでした。

昨日のよるも帰ってこなくて…あさ帰ってきたらふるえてたんです。

声をかけたらにらまれて、またいえをとびだしていったんです…」


ゆっくりと辛そうに起こったことを思い出しながらユンの話に静かに聞き入る。

話の終わりと共にユンの頭を撫でるノルン。


「よく話してくれたな。

何かしらの前兆はあったようで昨晩に変化が起きたのだろう。

そうすると辻褄が合うことがある。

昨晩、郊外で起きた事件に残された爪痕と先程の襲撃に残された爪痕が酷似していた。

事件を起こしたあと家に戻り、家を飛び出したあと見た目にも変化が現れ通行人を襲ったのだろう。

問題はどんな変化が起きたかだが…」

「同じ獣人のティートは何か知ってるんじゃネエノカ?」


カルンは考えるより先にティートに話を振る。


「ずっと考えていたのですが思い当たる昔話があるんです。

いつの時代かは分かりませんが普通の獣人がある日、突然凶暴化して暴れたらしいのです。

症状としては身体能力が飛躍的に上がる代わりに理性を失い破壊を行うだけの獣のようになることから獣化と呼ばれたそうです。

数人の獣化した獣人によりかなりの被害が出て、軍隊を動員して討伐したと伝わっています」

「それで獣化の原因は分かっているのか?」

「原因については何も伝わっていません。

勿論、治す方法も同様に何も…」

「治せるなら討伐はしてないだろうから当時は不明だったのだろう。

ティアナは歴史を調査しているが関連することでも構わないが何か知っているか?」

「さほど新しい情報はないが獣化の伝承は各地に残されているようだ。

噂だが先祖返りした姿だという説もある。

少なくとも獣化すると治す手段はなく殺すしかないと残されている」


そこで大粒の涙をぼろぼろ流す少女がいることに気付く。

議論に夢中になりユンの存在を忘れていた。

知っている情報を話しただけだが治療の見込みがなく殺す以外の手段がないなど実の兄が獣化した小さなユンにとって堪えきれるものではない。

自分の発言が言い過ぎだったと反省し素直に謝るティアナ。


「いや、すまない…。

ユンの気持ちを蔑ろにしてしまった。

過去にはどうしようもなくとも現在は解決できる問題かもしれんからな」

「ティアナの言う通りだ。

学校には各国の文献も集まっている。

治療方法の調査と警備を平行して進めていこう。

ユンは危ないから街で大人しくしているんだぞ」


会議は終了となりティアナが文献の調査、ティートが地上の警備を指揮し空からはノルンとカルンが監視を行う。

ユンにはリーシャとミミが側にいてあげることになった。


学校の図書室には各国からの協力により様々な文献のコピーが保存されていた。

これはタルトが学校建設時に各国へ働きかけを行うことで実現されたことで、今までは他国へ秘蔵している文献を公開するなどあり得ない事である。

だが、その膨大な量に学校の教師や学生に協力して貰っても調査は終わりが見えない状態であった。


「こんなに本を読むことがキツいと感じたのは初めてだ…。

こんなとき、タルトがいたらいつものように奇跡のような魔法で解決してくれるのだろうか…。

いかんな、つい弱気になってしまった。

次の被害が出る前に何とかしないとな」


街やその周辺では捜索隊が組まれ徹底的な捜索を行ったが二日が経過しても成果はなかった。

ユンの兄はシウネという名でティートの部隊の末端に所属しており人相は周知されている。

それでもなかなか見つけられずにいたのだ。


その頃、子供達はユンの家にいた。


「お兄ちゃん、だいじょうぶかな…。

見つかってもころされちゃうのかな…」


リーシャとミミも何て励まして良いか悩んでいた。


「やっぱりさがしにいく!

ユンがせっとくすれば元のお兄ちゃんにもどるはずだもん」

「だ、だめなのです!

あぶないからいえにいるよういわれたのです」


ミミが必死に止める。


「リーシャちゃんもとめるのをてつだってほしいのです」

「リーシャは…。

リーシャはタルトさまがおなじようになったらじっとしてられないとおもうの…。

だから、ユンちゃんをてつだう!」


リーシャの決意にミミも渋々ながらも手伝うことになり三人はこっそり街を出る。


「それでいくあてはあるのです?」

「二人だけのひみつのばしょがあるの。

きっとそこにいるとおもうの」


そこは森の中にある大きな岩がごろごろしている場所であった。

ちょうど岩が重なった箇所が穴のようになっておりユンが外から声をかける。


「お兄ちゃん…いるの?

ユンだよ、おねがいへんじして」


すると暗闇から大きな影がゆっくりと現れた。


「ユ…ン…?」

「そうだよ、いつものやさしいお兄ちゃんにもどって!」


じっとユンを見つめるシウネであったがすぐに苦しみだした。


「うぐっ!

うが…ぁ…ぁ…うがあああああああああ!!」


目の前にいる小さなユンめがけ巨大な腕が振り下ろされる。


「あぶない!」


猫のような俊敏な動きでユンを抱え攻撃を回避した。

だが、咄嗟の動きだったため着地に失敗し足を挫いてしまったリーシャ。

動けないリーシャに寄り添うユンに対し殺気を込めて睨みながら近寄るシウネ。

だが、そこに空から舞い降りる白い影。

そう、天使のノルンであった。


「堕ちたかシウネよ。

自らの妹を手にかけようとは…。

空からリーシャ達が見えて追いかけてきたら本当にいるとはな」


ノルンはシウネとユンの間に立って剣を抜き放つ。


「まって!

お兄ちゃんはユンに反応したの!」

「くっ…説得は試みるが私一人ではお前らを守りきれない可能性もある。

シウネよ、妹の声で思い出せ!」


ノルンはシウネの攻撃を捌きながら説得を行うが全く反応は見られない。

時々、ユンの声に反応し苦しむような仕草が見られた。


(まずいな…ユンの声に反応があるが苦しんでいる。

段々、苛立ってきて怒りの矛先がユンに向きかねない)


シウネの能力は飛躍的に上昇したがノルンには及ばないが手加減できる相手ではなかった。

しかも、攻撃はせずにユン達を守りながらでは難易度はぐっとあがる。

ふとシウネが攻撃をやめたかと思ったら叫び声をあげながら地面を掬い上げるようにして無数の岩で攻撃してきた。


「この程度は造作もないぞ!

むっ!?しまった!」


飛んでくる岩を受け流すがユン達との距離が離れてしまった。

すかさずシウネは振り返りユン目掛け突っ込んでいく。


「うがああああああああああああ!!」

「リーシャをおいてにげて!」

「やっ!

リーシャちゃんといっしょにいる!」


今にも巨大な爪が襲いかかろうという瞬間、間に小さな黒い影が分け入る。

シウネの攻撃を左手で受け流しながら右手で胸を貫いた。

そこは正確に心臓の位置でありシウネは音を立てて崩れ落ちる。

右手を真っ赤に染め黒い翼を持つ少女はカルンであった。


「危機一髪だったナ」

「すまん、カルン。

これは私がやるべき事だった…」

「汚れ仕事は天使には似合わねエヨ。

アタシのような悪魔にお似合いダ」


すぐ側で兄の亡骸の前で号泣するユン。

遅れて到着した警備隊によって遺体は運ばれ丁重に埋葬された。

ユンはリーシャ達とモニカの店で休ませている。


神殿の一番上に黒い影がポツンとある。

誰も来ない場所で街を見下ろすのはカルンであった。

自分の右手を見つめはっきりと残る心臓を貫いた感触。

胸に残るモヤモヤした気持ちに滅入りそうだ。


「忘れられないのか、カルン?」


いつのまにか後ろに降り立っていたノルン。


「何言ってヤガル。

今までに何人も殺してきてるんダゼ」

「この街には色んな人種が増えたが悪魔はお前ら三人だけだよな。

中でもカルンは誰よりも優しい心を持っていると思う。

リーシャ達の面倒をみたり命を懸けて村人を守ったときもあったな。

最近が母親らしき女性を世話してるらしいな」

「チッ!

よく聞こえねえナ。

腹も減ったし菓子でも食ってクルカ」


そういって腰をあげ飛び立とうとするカルンを呼び止める。


「あまり無理をするなよ。

今回は感謝している。

嫌な役を演じてくれてありがとうな。

それとユンはモニカと一緒に暮らす事になった」

「天使に感謝される日がくるとはナ。

お前だってこの街だと唯一の天使ダゼ。

よっぽど変わり者なんだロウナ」


そう言い残して飛び去っていった。

残されたノルンは苦笑している。


「変わり者か…確かにそうだな」


夕日の中に佇むノルンは今回の事件が悲劇に終わったことを悔いていた。

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