第206話 風の洞窟
「上を見ろ、タルト。
かなり上だが天使が飛んでいる。
あれは巡回兵だから定期的にここを通過しているが通過すれば暫くは戻ってこない」
「じゃあ、どっかに行ったら一気にあそこまで飛びましょうか?」
タルトとノルンは岩影で風から避難しつつ周囲の状況を確認していた。
鋭利な刃物のように尖った形状をした岩が無数に立ち並び、遥か先には中腹にぽっかりと小さな穴がある大きな山脈が見える。
「そうしたいところだがこの暴風でどうやってあそこまで飛んでいくかだな」
目には見えないが様々な方向から台風を超える激しい風が吹き荒れている。
さらに目的の穴からも中から風が吹き出しており誰であっても侵入を拒んでいるのだ。
「ふっふっふっ、そこは私にお任せください。
ATフィールド!!」
タルトとノルンの周囲にうっすらと膜のようなもので現れた。
「これは?」
「これの外に出ないでくださいね。
これで風を受け流します。
ちょっとここから出てみましょう」
岩壁から出てみるがさっきまで異なり全く風を感じない。
「流線形な魔法障壁で風上側が自動的に尖ることで風を受け流してるんです」
「なるほどな。
どうやってこんな高度な事を制御してるかは知らないが、これなら行けそうだな。
あとは同じ速度で飛行すれば良さそうだ」
「あっ、それは!
こうやれば良いんですよ」
そう言うとタルトはノルンに抱きついた。
「お前、いきなり何してるんだ!?」
「何って私はノルンさんに抱きついてるので運んでってください。
魔法障壁を維持するのに集中してますから」
「まあ、そういうことなら。
って、どこ触ってるんだ!?」
「えっ?いや、つい大きくて柔らかいなあ、と思ったら…」
「いいか、大人しくしてろ!
抱きついてそのまま動くなよ!」
「はーい!
うぅーん、ノルンさん良い匂い…」
そのまま顔を胸の谷間に埋めてやっとじっとなったタルトであった。
「全くしょうがない奴だな…。
まあ良い、そのままじっとしててくれ」
ノルンは上空の様子を探り誰もいないことを確認してからそっとその場から飛び立つ。
「確かに風の影響は受けないな。
よし好機のようだ、一気に行くぞ!」
風の影響がないことを確認し一直線に洞窟目指し高速で飛行する。
最大の難関である暴風を無効化したことにより目的地へ到達するのを妨害するものは何もないのだ。
ぐんぐんと距離を縮めあっという間に洞窟の入り口に到達する。
どういう原理かは不明だが洞窟からは途切れることのない風が吹き出しており龍の咆哮のようにも聞こえた。
「中から吹き出す風の強さは今までの比ではないがいけるか、タルト?」
「もちろんです!
このまま一気に進みましょう」
周囲の魔法障壁の先端が更に鋭利な形状に変化し風を切り受け流しながら進んでいく。
洞窟内は最初、自然に出来たものであったが進むにつれ人工の壁に変化していった。
中はいくつもの分かれ道になっていたがタルトが魔力波を飛ばし事前に構造を把握する。
「ノルンさん、次は右です!」
風をものともせずどんどん進んでいくが急停止するノルン。
目の前には網目上に張り巡らされたクモの巣のような糸が見える。
「ノルンさん、上から来ます!!」
タルトの声に反応し見上げると同時に後方へと回避行動を無意識に行うのはノルンの戦闘経験のおかげだろう。
まるで刃物のような形状の長い腕が振り下ろされたが余裕で躱す事が出来た。
だが、ここで予想外の事が起こる。
攻撃から距離をもって避けたのだが周囲の魔法障壁を忘れており一部が壊されてしまった。
「うぐっ、ぐ…しっかり掴まれタルト!!」
「うわわわわわわあああああぁ!」
破壊された箇所から吹き込む暴風に一瞬で吹き飛ばされそうになるが翼を広げ全力で風に逆らうノルンは何とかその場に留まれた。
すぐにタルトが破壊された箇所を修復し落ち着きを取り戻す。
「はぁ…はぁ…。
この障壁は物理攻撃に弱いのか…?」
「ふぅー、柔軟に風に対応できるようにしたら柔らかいんですよね…」
「まあ、風を無効にしているだけでも凄いのだから贅沢はいえないか…。
それにしても今の攻撃は何だ?」
薄暗い洞窟で目を凝らすと天井に大きな蟲のようなモノが張り付いていた。
何より目を引くのが4本もある巨大な鎌というのが相応しいと思われる刃物状の腕である。
「こんな暴風が吹く場所に魔物がいるとは思わなかったな」
「何かキショい魔物ですね…。
虫って苦手なんですよね」
「だが、ここで止まるわけにもいくまい。
これでも喰らうがいい!
ノルンが剣を振るうと光輝く刃が魔物目掛けて飛翔する。
だが、相手に届く前に暴風に阻まれ消滅した。
「何だと!
この風の威力はそこまでなのか!」
「私も攻撃しますか?」
「いや、タルトは掴まって障壁に専念してろ。
遠距離が駄目でも私の剣撃で叩き伏せてやる」
剣を両手で構え真っ直ぐに突っ込んでいく。
近づくと同時に左右から巨大な刃に挟み撃ちにされるが急下降で回避し更に懐へと飛び込む。
残った2本の腕が上から斜めに振り下ろされた。
「遅い!!」
その攻撃を剣で受け流し反撃に出ようとしたが、何度も何度も訓練し体に染み付いた回避行動は紙一重の距離で躱していまい魔法障壁が破壊された。
「しまったっ!?」
「ふにゃああぁあ!」
ノルンの攻撃が届く前に風で押し戻されてしまった。
「くそ…身体が自然と反応してしまう。
あと一歩が届かなかった…」
「ノルンさん…。
そうだ、今のもう一回行きましょう!」
「だが、大きく回避すると致命的な一撃を与えられる間合いでは無くなるんだ。
あと少し間合いが長ければ…」
「そこは任せてください。
タルトから放たれた紅い光がノルンを包んでいく。
そして、身体から湧き出る熱い力を感じた。
「これは…?」
「一時的ですが火の精霊を付与しました。
これで面白いことが出来ますよ!」
「うむ…これならいける!」
ノルンは再び武器を構え全力で突っ込んでいく。
再び襲いかかる4本の腕を素早く捌いていった。
魔法障壁が破られるのと同時に攻撃を繰り出す。
「
ノルンの剣は白き炎を纏い倍以上に刀身が伸び魔物を一刀両断にした。
追い討ちとして炎が魔物を燃やし尽くし天井から堕ちていく。
その死骸は暴風により吹き飛ばされ見えなくなった。
「恐ろしい魔物だったがタルトの方が一枚上手だったな」
「気を取り直して進みましょう!」
魔物の巣を破壊し更に進んでいく。
やがて風はいつの間にか収まり大きな空間が現れる。
そこには見慣れた門が待ち受けていた。
「これが封印の門か?」
「そうだと思います。
いつもの扉と同じようにみえます」
遂にタルトとノルンは精霊が封印されている部屋の前に辿り着いたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます