第186話 ヘレンとカルン

事情を聞いたシトリーは難しい顔をして何かを考えられている。


「取り敢えずカルンを探しマショウ」

「そうだね、追いかけないと!」


タルトとシトリーは空へと飛び上がり周囲を見渡す。

広大な土地で小さな少女一人を探すのは至難の業だった、

しかも飛行できるとなると捜索範囲が急激に広がる中でたった二人で探さなければならない。

とにかく二人は分かれて上空から探し続ける。

暫く探してみるが全く見当たらず元の場所の上空で再び合流した。


「全然見当たらない。

どこに行っちゃったんだろう…」

「知らない土地で行く当てもないノニ…。

マサカ、アルマールまで戻ってしまいマシタノ…」

「それは探せないよー。

いや…知らない土地だけど…もしかしたら…」


タルトは真っ直ぐにある場所へと向かって飛んでいく。

行き先は不明だが無言で付いていくシトリー。

目的地に着いたのか降下した先には一人の悪魔の少女が佇んでいた。


「やっぱりここだったんだ?」

「よくここにアタシがいると分かったナ…」

「前にここで休憩していた時にずっとここからの湖の景色を見ていたもんね」


カルンはじっと湖を見つめたままである。


「聞いてもいいかな…?

どうしてさっき泣いていたの?」

「あの老婆と会ったことがあるかもしれネエ…。

そんな訳ないと分かってるがずっと昔に抱き締められてタンダ…」


その表情は今までに見たことない哀しさが現れている。


「カルンちゃんは…いや、悪魔には家族がいないんだよね?」

「人間が悪事を重ねて闇に堕ちるのが第三階級の雑魚デスワ。

元人間ですから家族もいるデショウ。

デスガ、ワタクシ達のような第二階級の悪魔は神が造られると言われてイマス。

ですから家族なんているわけありマセンワ」


後ろで静かに聞いていたシトリーがタルトに説明をする。


「じゃあ、あのお婆ちゃんは関係ないの?」

「そうダゼ、アタシは間違いなくあの老婆に会った事があるゼ!

あの人がもっと若いときニナ」

「そこで一つの仮説が出来マスノ。

通常、悪魔が長命ですから仮に元人間でも知人もかなり昔に亡くなってるデショウ。

場所も転々とする者もいませんから元いた場所と違うならまず出会うことは皆無デスワ。

デスガ、カルンは悪魔としては若く数十年しか生きてなく悪魔として珍しくこうやって旅をしてマスノ。

そして、カルンの言う通り老婆と出会ってるとするならば実はワタクシ達も元人間である可能性がありマスワ」


淡々と語るシトリーの説明にじっと聞き入る二人。


「じゃあ、何ダ…。

あの人は本当にアタシの母親だって言うノカ!?」

「サア、断言は出来マセンワ。

ただ可能性があるだけデスノ。

ワタクシも数百年と永く生きてますが人間だった記憶は一切、ありマセンモノ」

「でもカルンちゃんは直ぐに助けに行ったって事はそう信じてるんじゃないかな?

真実は分からないけど何を信じるかが大切だよ。

その気持ちに素直になれば良いと思うよ」

「気持ちカ…。

まだよく分からねえがもう少し話してミルカ」

「うん、それが言いよー。

さあ、戻ろう!」


三人は連れだってその場を立ち去る。

村へと戻るとヴィンセントが戦闘の後処理を指示しておりリーシャも怪我人の治療を手伝っていた。


「聖女様、後処理はお任せ頂きお休みください。

御助力のお陰で大きな被害もなく対処できました」

「ヴィンセントさん、怪我人をここに集めてください。

一気に治療しちゃいます!」


ヴィンセントは指示された通りタルトの元へ怪我人を連れてくると一瞬のうちに治癒魔法で怪我を治していく。


「これが噂に聞く治癒魔法か。

重症の者も綺麗に治療されていく…。

女神が遣われし聖女様の神業には驚かされてばかりだ」


あっという間に行列だった怪我人の治療も終わり村は平穏を取り戻しつつあった。

その夜は中央の広場にてタルトの歓迎の宴が開催され、魔物から助けられた者、湖を割るのを目撃した者、治療を受けた者と来た時より明らかに敬われていると感じられる。

照れながらも好意であるから素直に受け入れることにした。

そんな宴の場に姿が見えない者がいる。

そう件のカルンである。

どこにいるかといえば例の老婆の家にいた。


「これはここで良いノカ?」

「ああ、そこで大丈夫だよ。

年取ると高いところに手が届かなくてねぇ」

「無理はすんナヨ。

今日はアタシに何でも頼みナ。

明日以降も誰かにお願いするんダゼ」

「やっぱりヘレンは優しいねえ。

小さい頃から一生懸命お手伝いをしてくれたもんだよ」

「そのヘレンって呼び名はやめてくれナイカ?

アタシの今の名はカルンダゼ」

「そうかい…ごめんよ、カルンだね」


この日はタルトからの強い一押しで一日老婆の家に滞在して色々とお手伝いする事になったのだ。

まだ、どこか慣れない二人はじっとしてられず何かしら体を動かしている。

だが、流石にやることもなくなってきたところで老婆がお茶の準備をした。


「カルンや、菓子を焼いたから休憩にしてお茶にしましょう」

「オッ!

菓子カ、小腹も空いてたし丁度いいゼ!」


用意された焼き菓子を美味しそうに頬張りみるみるうちに皿の上から消えていく。

その光景を見た老婆は急に涙を長し始めた。


「オイ、どうシタ!?

どこか痛いノカ?

急いでタルト姉を連れて来るカ?」

「いや、大丈夫だよ。

夢中で食べてるのがね…嬉しくて」

「食べてるだけなのニカ?

泣くほど嬉しいもんナノカ?」

「小さい頃から食べ物の好き嫌いが多い子だっただよ。

でも、この菓子を焼いてあげた時だけはいつも嬉しそうに食べていてね…ちょっと思い出しただけだよ」


もしかしてお菓子が好きな理由がここにあったなんて、とカルンは考える。

様々な状況からセレン=カルンであると示しており胸の中に不思議な感情が芽生え始めていた。


「しょうがネエナー。

今日だけはヘレンて呼んでイイゼ。

娘の代わりに孝行してヤルヨ」


顔を真っ赤にして目を逸らしながら呟く。

だが、その言葉は老婆の耳に、心に確かに届き大きな涙となって現れた。


「もう思い残すことはないよ…。

ヘレンにもう一度会えたから、いつお迎えが来ても悔いはもうないわ」

「何言ってンダ。

まだ、これからも時々、菓子を食べに来るから死ぬなんて駄目ダゾ」

「そうかい、それはおちおち死んでられないねえ。

もっと上手に作れるよう頑張らないと」


こうして幸せな一時はあっという間に過ぎて夜は明け帰路に着く時間となった。

老婆の家を発ちタルトと合流して昨晩の様子を伝える。

タルトは序盤から大粒な涙を流していた、


「良がっだねぇ…ぐすん」

「何でタルト姉がそんなに号泣してるんダヨ…?」


じっと横で静かに様子を伺っていたヴィンセントが切りの良いところで確認を行う。


「それでは、その老婆を我が国が責任をもってアルマールまでお連れ致します。

それで宜しかったですね?」

「アア、済まねえが宜しく頼むゼ」

「聖女様には数えきれないほどのご恩がありますので、これくらい何でもありません」


こうして先行してアルマールに戻ったタルト達であるが、老婆の住居を神殿の近くに用意して迎え入れの準備を整えた。

遅れて一ヶ月の後には老婆が到着し時々、カルンが訪れる姿が見えるようになったという。

こうしてタルトは遠征から帰宅し久々ののんびりした日常が帰ってきたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る