第169話 マティルダ

マティルダはゆっくり一歩ずつ歩き始めると輪郭がボヤけ色が真っ黒になり表面が溶けていく。

やがて、黒い泥のようなモノが全て落ちると中から別の女性が現れた。

その背後には見慣れた黒い羽と尻尾が揺れている。


「マティルダは悪魔だったのか…。

聖女様は何時から気付かれていたのですか?」

「実は最初に会ったときから違和感は感じていたんです。

マティルダさんからは闇の眷属が発する精霊の気配が僅かながら感じました。

それと朝食に入っていた睡眠薬からはリリスちゃんが精製した時と同じように魔力の痕跡があったんです。

そして、黒幕だと分かって確信に至りました」


タルトの説明に一人だけ混乱している者がいた。


「嘘…何かの間違いよ…。

マティルダが悪魔だったなんて…。

お願い、タルトちゃん、嘘だと言って!

だって小さいときから傍にいてくれて…。

楽しいときも…悲しいときも…。

そんな優しいマティルダが悪魔だったなんて嘘よ!!」


マリアの必死な訴えにタルトはマティルダだった悪魔をキッと睨み付ける。


「そう…貴女は本当のマティルダさんではないと思います。

どこかで本物と入れ替わりましたね?」

「ふふっ、そこまで気付くとは聡明ナノネ。

まずは自己紹介をさせて頂きマショウ。

ワタシは第二階級のアヴァドン。

真っ正面から戦闘をするなんて趣味じゃないので数十年前からこの国に潜入してスマートな乗っ取り方を考えてタノ。

ワタシは先ほどお見せしたように他人に化ける能力があるから当時は兵士に紛れて王国の調査をしてイタワ」

「そんなに前から…」

「考えてミナサイ、力で奪えば直ぐに天使達が押し寄せてくるノヨ。

だから、裏から人間の国を支配する機会を伺ってイタノ。

そうしたら数年前にチャンスが訪れたノヨ。

この国に王女が生まれ、ある女が王女の侍女として任命されタワ。

だから、数年に渡り監視して彼女の喋り方や癖を覚えタノ」

「もしかして…その侍女って…」

「そうよ王女様、それがマティルダなのヨ」

「待って…じゃあ、本物のマティルダは…?」

「そうネエ…良いこと教えてアゲル。

ワタシが他人に化けるのに必要な者は対象の人間の心臓を食べる必要があるノヨ」

「じゃぁ…マティルダは…」

「アハハ、あの女、死ぬ直前まで王女の心配してたのヨ!

自分の心配より他人なんて笑っちゃうワ!」

「貴様ああああああああ!!

すぐにその口を閉じろ!」


オスワルドは怒りをのせアヴァドンに斬りかかるがサッと躱されてしまう。


「何ヨ、聞いてきたのはそっちじゃナイ」


オスワルドが振り返ると顔面蒼白のマリアをタルトが必死に慰めている。


「アヴァドンよ、お前だけは絶対に許さない。

マティルダの名誉を傷つけ、王女を悲嘆させた罪は重い!」

「アラ、ワタシに勝てるつもりカシラ?

そこの聖女様がカドモスを倒したみたいだけど、相手一人に対してシトリー達も手を貸したのデショウ?

ここで悪魔に対抗できるのは聖女様一人。

それに対してこちらは…」


アヴァドンが指を鳴らすとじっと動かなかった護衛兵らが次々と悪魔へと変化していく。

数十人の悪魔にすっかり取り囲まれてしまった。


「オスワルドさん、ここは私が!」


タルトが立とうとしたらオスワルドが再び制止し、膝を着き頭を下げる。


「今回は私に最後まで任せて頂けませんか?」

「でも、相手が悪魔じゃ…」

「大丈夫です。

私にはこれが」


オスワルドは腰に下げている剣に手を当てる。


「…分かりました。

絶対に死なないと約束してくださいね!」

「我が家名に懸けてお約束致しましょう。

そして、マリア王女。

もう暫く辛抱願います。

必ずや仇は討ってみせます」

「…ぁ…」


オスワルドの言葉にうつ向いていた顔をあげる。

それを見て微笑んでから立ち上がりアヴァドンを見据えた時には激しい怒りの炎が目に宿っていた。


「アハハ、人間の騎士ごときが一人でこれだけの悪魔を相手にするなんて笑ってシマウワ!」


アヴァドンの挑発を無視して腰から剣を抜いた。

先ほどまで使っていた剣と違い、刀身が鈍い紅色を帯びている。


「我が名はオスワルド・カートレット子爵。

マティルダの魂の名誉のために!

マリア王女の心の安らぎのためにお前を討つ!!」

「もういいですワ。

お前達、さっさと殺してしまいナサイ」


その言葉と同時に悪魔達が一気にオスワルドへ向けて飛び掛かっていった。

次の瞬間、紅い閃光が走る。

オスワルドが横に薙ぎ払うと襲い掛かる悪魔を一刀両断し傷口から燃え盛る炎が吹き出した。

そのまま人間の身体能力を遥かに超えた動きで次々と悪魔を斬り伏せていく。


「馬鹿ナ…。

貴様は一体何者ナノダ!!」


気付けばアヴァドン一人だけとなっていた。


「名乗ったであろう。

私は聖女様の盾であり剣!

悪を滅し真の平和を目指す者だ!」


オスワルドが握っている剣はドワーフのガラシュが神の金属オリハルコンから造り出した魔剣グラムである。

常に肌身離さず持ち歩きオスワルドの魔力を吸い蓄積させ、使用時に一気に解放させるのだ。

それにより攻撃の威力が飛躍的に上昇させるのと使用者のオスワルド自身の能力にも影響している。

それにより人間では対抗し得ない相手でも対等以上の闘いが時間制限付きで可能となったのだ。


「気に入らないネ。

お前が守ろうとしているものを破壊した時の顔が見てみたくナッタワ」


アヴァドンが右手を挙げると影から黒いナニかが隆起し先が尖ったモノに変化していく。

それが空中で制止し狙いを定めていく。


「お前や聖女は大丈夫かもしれないが王女はどうカナ?」


挙げていた右手を振り下ろすと同時に一斉にオスワルド達を目掛け襲い掛かってきた。

無数のトゲ状の物体を剣一本で受け流していくが、後方にいたタルト達にも恐ろしいくらいの数が向かっていく。


「アハハ、所詮お前では誰かを守ることなど出来ないんダヨ!」


あっという間にタルトとマリアがいた場所に真っ黒い針山が出来上がった。

襲い掛かる攻撃を全て叩き落としたオスワルドは落ち着いた態度で語り始める。


「私に不可能な事でも聖女様なら簡単に成し遂げるのだ。

私ごときが心配なぞ恐れ多い」


針山が黒い液体に戻り影へと消えていくと、そこにうっすら光る透明なドーム状の壁に守られた二人の姿があった。


「これぞ、魔法障壁マジックシールド

私は守りたいんです!

そう、ウィッチに不可能はありません!!」


どや顔のタルトが自慢したそうに胸をはっている。

もともと魔法少女では魔力で自然現象を発生させているにで魔法障壁など出来なかった。

この世界の魔法は魔力で物理法則をねじ曲げ無からでも発生させるという別の理で出来ており、それと借り受けた精霊の力を融合し編み出した秘技である。

魔力の大きさにより強度が変化する為、タルトが使うと最強の盾と言っても過言ではない。


「ムカつく聖女ですネ…。

いいでショウ、まずは信頼しているそこの人間を血祭りにしてあげマショウ!」


アヴァドンが手をかざすと地面の影から黒い大鎌が出現しグルグルと頭上で回転させ始めた。


「人間ごときが第二階級の悪魔たるワタシに勝とうなど思わないように真っ二つにしてあげマス」


オスワルドも再び剣を突きだし構えをとった。

最初にアヴァドンが動き、回転で生まれた遠心力も加えた頭上からの攻撃を放つ。

僅かに遅れてオスワルドが動きだし二人の身体が交差し動きを止めた。

グラッとオスワルドが片膝を着き肩口から血を流している。

それに対しアヴァドンは脇腹に小さな斬り傷だけであった。


「その傷では次の攻撃は受けきれナイ。

貴方の敗けでスヨ、サア、素敵な悲鳴をあげてくだサイ」


再び、アヴァドンが武器を構えるがオスワルドは剣を鞘に納めた。


「血迷ったのデスカ!?」


アヴァドンが驚きオスワルドに問い詰めた瞬間、脇腹の傷から火が吹き出し炎に包んでいく。


「何だコレハ!?

クッ、この炎は消えナイ!

熱イ!熱いゾ!このままでは焼け死んでシマウ!!」


炎に包まれ暴れまわるが段々と動きが鈍くなっていく。


「魔剣グラムで斬られれば、どんな小さい傷でも相手を炎で包むのだ。

せめてもの情けでこれ以上、苦しまぬよう介錯してくれる」

「ワタシが…人間なんぞ二…」


オスワルドは抜刀しアヴァドンの首を切断する。

動かなくなった遺体はそのまま燃え続けていた。

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