第155話 ヒュドラ
ティート軍が出発した頃、一台の馬車が旧フランク王国へ向けて出発していた。
兵士が馭者を務め、後方に乗り込んでるのは桜華、雪恋、リリスの三人である。
これから元々の国境沿いの平原にてアルマール向かって進行中のヒュドラを迎撃するためだ。
「ヒュドラについては何か分かったノカ?」
着くまでの間、リリスは情報の共有をしたいと思っていた。
何しろこの数日は戦に向けた傷薬などの精製に付きっきりで事情に疎くなっていたのである。
「古い文献やジルニトラ殿の情報を纏めましても多くのことは分かりませんでした…。
首が九本ある竜族で毒と炎を操ります。
倒す方法は噂程度ですが首を全てを切断し心臓を破壊すれば良いようです」
雪恋もヒュドラ調査に時間を費やしたが、口伝として伝わっていたのを大昔に記した文献が一冊見つかっただけだった。
「ですが、実際に倒した事実はないので眉唾ものかもしれませんが…」
「倒せてたなら封印なんかシネエカ。
それか倒し方が分かっても、それが出来ねえくらい強いノカ…」
「首を斬って心臓を穿てば良いんだろお?
なら、簡単じゃねえか。
そういうのはうちの得意とするところだぜ」
「そう簡単にいくカネー。
まあ、竜族であるのは事実ダ。
並の魔物よりは強いダロウナ」
楽観的な桜華に対して慎重派の二人は良いバランスが取れているチームであった。
ただ、魔法を得意としている者がいないが竜相手にはこの方が相性が良いだろうと予想したのだ。
やがて目標の迎撃地点へと到着した。
三人とも広い平野の方が戦いやすく、危険な場合は後方の森へと身を隠せる場所を選んだ。
何より周辺には集落もなくどれだけ暴れても苦情が来ないのも理由のひとつである。
「やっと着いたかー、うん、良い場所じゃねえか!」
「はい、姫様のお力を存分に発揮頂けるかと」
「お前らはアルマールに戻ってロ。
万が一、逃走する際はワタシ達だけのほうが楽ダシナ。
明日の午後に迎えに来てクレ」
リリスは付いてきた兵士達を街へと戻るように促した。
それを見ていた桜華はフッと吹き出す。
「いやあ、悪魔であるお前達が人間を気遣うなんて何度見ても笑っちまうな」
「チッ、うるさいゼ。
ワタシ等はタルトの方針に従ってるダケダ」
「そんなこと言って学校で薬学を子供に教えてる時のお前はめっちゃ楽しそうだしよー」
「ヨシ、準備運動が必要そうみたいダナ。
拳で語り合いと思っていた所ダ」
そんな二人を見て雪恋は溜め息をつく。
「はあぁ…お二人ともこれから竜と一戦交えるんですから、冗談はそこまでにしてください。
リリス殿も安い挑発に乗らないでくださいよ」
「しょうがねえナー、竜にどんな毒が効くか分からねえが色々調合して待ってルカ」
各々が戦いの準備をして待つことになった。
だが、日が暮れそうになっても何もやって来ない。
「予定では昼過ぎにはここを通過するんじゃなかったのか?」
「その筈なんですが…。
リリス殿、上空から確認して貰えますか?」
「しょうがネエ、ちょっと待ってロヨ」
リリスが上空に一気に上昇し周辺を見渡す。
そうすると遠くの方に巨大な何かが動いているのが見えた。
それを確認してすぐに地上へと戻る。
「オイ、アイツ方向を変更してるゾ!
途中までここに向かっていたが急に逸れやがった。
どうもかなり先に集落があってそっちに向かってヤガル」
「ムカつく野郎だ!
速度はそんなに速くねえんだろ?
すぐに移動するぞ!」
三人は全速力で平原を駆け抜ける。
既に日は落ち辺りは暗くなっているが月明かりに照らされた巨大な影が見えてきた。
向こうもこちらに気付いたのか向きを変えて向かってきている。
そして、遂に対峙した。
「思ったよりでけえな。
まずは小手調べだ、四の太刀、
桜華はそのまま駆け抜けながら超高速の居合い抜きにて急襲する。
周囲にはキイィィィィィンと甲高い金属音のようなものが響き渡る。
「くぅっ、かてえな」
狙った竜の首筋には傷が付いていた。
「二人は他の首を陽動してくれ!
うちがさっきの一本を落としてやらあ」
傷つけられて激昂したのか九本の首が別々の生き物のように三人に襲い掛かる。
その鋭い牙と顎の力に捕まったら一瞬であの世行きだろう。
ヒュドラは長い首を活かし前後左右、上からと休む間もなく襲いかかってくる。
タルトと身長がほぼ同じのリリスはヒュドラの回りを飛び回って攻撃を仕掛けるが相手が巨大すぎて小鳥が待ってるようだ。
「へッ、大きければ良いってもんじゃネエゾ。
だが、ワタシの手刀じゃ皮膚が堅すぎて貫けネエヨ」
雪恋もヒットアンドウェイで躱しながら攻撃を仕掛けるが傷ひとつ付けられない。
「これが竜の皮膚か…まるで金属のようだ」
桜華は力任せに先程の傷口を斬りつけた。
かなり深くまで傷口が広がり、その痛みに咆哮をあげる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!」
「痛えようだな、次できっちり落としてやらあ!」
だが、そこからヒュドラの攻撃パターンが変化する。
九本の首から炎や毒を吐き始めたのだ。
「これがジルニトラ殿が言っていた攻撃か!」
「あのジジイ、大した事ねえとか言ってたが凄え強いじゃねえか!
龍人の基準はやっぱり当てにならねえな」
「この毒はかなりヤベエゾ。
中和は出来るが痺れて動きが鈍くナルゾ。
その時に襲われたら避けれネエカモナ」
戦闘前に情報を得ていたお陰で冷静に対処を行い、炎や毒を躱していく。
そのまま攻撃の嵐を掻い潜りながら桜華は相手の懐に潜り込む。
速度を落とさず更に回転して威力を増した薙ぎ払いにてさっきの傷口を狙う。
ザシュッと鈍い音と共に巨大な首が地面に落ちた。
「ざまあみやがれ!!
あと八本だな、一気に終わらせてやるぜ!!」
遂に一本目を落とし意気揚々の桜華であったが、リリスが違和感に気付く。
「おかしいゾ…斬った跡が動いてネエカ?」
リリスの言う通り切断面の肉が蠢き、今にも飛び出して来そうだ。
だが、次の瞬間、三人は目を疑った。
なんと切断面から盛り上がったかと思ったら新しい首が生えてきたのだ。
「再生しやがった…どうなってやがる?」
「これが倒せない理由なのではないでしょうか…?
九本をほぼ同時に落とす必要があるのではないでしょうか」
「一本であれだけ苦労したんダゾ!
そんなの無理ダロ!!」
もう完全に再生し元通りになったヒュドラの18個の目は三人をじっと見据えている。
その絶望感によって、より巨大に見えさせる。
三人の終わりの見えない戦いが始まったのだ。
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