第153話 マリアとアン

月明かりで照らされた部屋に佇んでいるのは少し怯えたようなマリア王女であった。


「マリア…王女?」


突然の訪問にタルトも混乱している。

寝巻き姿であり一人できたと言うことはお忍びなのだろう。


「混乱させてごめんなさい…。

私はマリアであり…アンでもあるの…」


少し照れ臭そうに視線をそらすマリア。

その言葉は昼間の冷たい感じは消え、昨日のアンそのものであった。


「やっぱりアンちゃんだ!

アンちゃんであってマリア王女ってどういうこと?」

「本当の名前はマリアよ。

昨日は素性がバレるのを恐れてとっさにアンと名乗ってしまったの」

「そうなんだ。

まあ、王女様があんな森の中に一人でいたら危ないよね。

うんうん…でも、今日会ったときは凄く冷たい感じだったね」

「あれも身を守る術みたいなものかな。

こんな小さな女の子が大国の頂点に立つんだもの…。

弱みを見せないように普段は偽りの仮面を被ってるの…」

「マリアちゃん…」

「弱虫なアンが本当の私なの…だけど強いマリアを演じているうちに本当の自分が分かんなくなっちゃうよ…」


そこに立っているのは何かに怯える小さな女の子そのものだ。


「マリアちゃん、こっち来て。

一緒に寝よう!」

「えっ!?タルトちゃん、待ってっ!」


タルトに手を引かれてベッドに一緒に入り込む。

そのまま隣で添い寝をする。


「これでゆっくりお話出来るね」

「タルトちゃん…。

いつでも明るくて太陽みたい…。

それに比べて私は一人じゃ何にも出来ない弱い存在…」

「太陽…か。

私ね、アルマールでは泣き虫聖女様で有名なんだよ。

昼間に話したいくつもの戦いでみんなが助けてくれたから勝てたんだしね」

「タルトちゃんが泣き虫?

嘘みたい…」

「えへへー、すぐ泣いちゃうんだよね。

私だって普通の女の子なんだよ。

ここだけの秘密だけど幽霊とか怖いものも苦手かな…」

「ぷっ、あはは。

聖女様にも怖いものがあるんだね」

「むぅ…笑ったなあ、このこのぉ!」


ベッドの上でマリアの脇をくすぐるタルト。


「えっ、やだ、やめてっ!くすぐったいって。

きゃっ、ほんと、だめ、脇は…あはは…死んじゃうって。

もう、怒ったんだからねー」

「うわっ、マリアちゃん、くすぐったい!

うわっ、うわっ、死ぬっ、死ぬっ」


ベッドの上で暫くほっこりする攻防が繰り広げられ疲れた二人は天井を見つめていた。


「はぁ…はぁ…こんなにはしゃいだのは生まれて初めて…」

「楽しいでしょ?

私は時々、可愛い妹達とやってるの」

「タルトちゃん、妹がいるの?」

「うぅん…血が繋がってる訳じゃないんだけど。

ハーフの子が二人とちょっと変わった子が一人かな。

リーシャちゃんは出会ったとき奴隷で、トラウマでもあるのかな…夜中に急に泣き出しちゃうことがあってね。

だから、ぎゅっと抱き締めて寝るようになったんだ。

それから私はリーシャちゃんの笑顔を守るために居場所を作ろうと思ったんだ」

「ハーフの子が笑って暮らせる場所?」

「そう、そしたら色んな人種の人が集まってきちゃって。

今ではみんな家族みたいな感じだよ」

「ねえタルトちゃん…私を連れて逃げてくれないかな…?

あの時、森にいたのも全て捨てて逃げ出したかったの」

「どういうこと…?」

「私…誰かに殺されちゃうの…」

「マリアちゃんが?誰に?どうして?」


マリアは辛そうな顔で俯く。

その肩は小刻みに震えているようだった。

タルトは優しく抱き締める。


「大丈夫、私が付いてるよ。

一人じゃないから悩みを教えて」

「多分だけど…ゴート公爵じゃないかと…」

「ゴート公爵って昼間のおじさんだね」

「うん…私が死んだら次の王位継承者なの。

今は後見人として自由に出来てるけど戴冠式を終えて正式に女王になったら邪魔だからだと思う」

「そんなの酷いじゃない!」

「王宮ってそんな場所なの…。

みんな地位とか名誉、お金の事ばっかり。

だから、ここを出て自由になりたいの…」

「一緒に連れていくのは良いけど…。

マリアちゃんは本当にそれで良いの?」

「タルトちゃんは優しいね…こんな私でも受け入れてくれるんだ。

ごめん…やっぱり行けない。

追っ手が来て迷惑掛けちゃうしお父さんとお母さんが守ったこの国を私が守らないと」

「よし、私がそんな悪い人なんて懲らしめてあげるよ」

「あはは…でも、何の証拠もないから駄目だよ」

「そっかぁ…なるべく側にいて守ってあげるね」

「ありがとう…味方はタルトちゃんとマティルダだけだよ」

「案内してくれた人だね、確かに優しそうでマリアちゃんを大切に想ってる感じがしたね」


すっかり震えも止まりタルトに身を預けているマリア。


「マティルダはね、小さい頃からお世話をしてくれてるの。

いつも側にいてくれて時には怒ったり…一緒にお菓子も作ったりもしたの。

最近は一人立ちさせようとしてるのかな…ちょっと冷たく感じる」

「うんうん…時には厳しく接するのも大切だよねー。

心じゃ泣いてるんだよ」


そんなことを言ってるがいつでもリーシャには激甘なタルトであった。


「取り敢えず暫く滞在して尻尾を出すのを待つしかないのかな」

「そう…ね、戴冠式さえ終えれば権力が私に譲渡されるから近いうちに仕掛けてくるんじゃないかな」

「戴冠式っていつ?」

「明後日だよ」

「あと一週間くらいいれば大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だと思う。

正式に女王になったら信じられる人を身近に配置して自衛出来ると思う」

「よおおおし、それまでは手厚いボディーガードになってあげるね」

「うん、宜しくね!

さて、そろそろ寝室に戻らないと」

「一緒に寝ちゃ駄目なの?」

「寝室にいないことがバレたら大騒ぎになっちゃうよ。

もう大丈夫、またいっぱいの勇気と元気を貰ったから」


そう言うとベッドを抜け出るマリア。

そのまま手を振って部屋を出ていった。


翌日は集められた学者や技術者に対して様々な事を教えるのに時間を費やした。

気付いたら日が暮れており、部屋に戻ると兵士に呼ばれ付いていく。


ガラガラガシャアアアーーーン


「えっ!?」


何が起きたか分からないタルト。


「えっ!?

えっ!?

えっ!?」


目の前には鉄格子。

後ろは小さな部屋で石で出来たベッドだけがあり、オスワルドとティアナが座っていた。


「ここって牢屋ですか…?」

「ああ、そうだな」


冷静にティアナが答える。


「私達、捕まっちゃったんですか…?」

「ああ、そうだな」

「どうしてええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


静かな地下にタルトの悲鳴がこだました。

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