第87話 現実

「誰かいるの…?」

「だれだ!」


横たわる少女はリーシャと同じくらいだろうか。

傍らにいる男の子は更に小さいが、タルトが声を掛けると立ち上がり警戒している。


「此処は何なんですか?

それにこの子達は?

何で治療してあげないんですか?」


タルトは奴隷商人をじっと見据えて詰問する。


「ここは病を患っていたり、気性が荒くて商品にならない奴隷を入れているのですよ。

治療なんてしたら赤字になってしまいますからねえ」

「ここを開けて!」

「ここに入れてる奴隷は気が荒くてですね。

お客様に危害を加えるかもしれませんから開けられませんな」

「じゃあ、いいです!」


一歩前へ進み牢の鉄格子を掴むタルト。

そのまま力任せに歪ませていく。


「ぬぐぐぐぐぐぐぐ…ふぅ」


自分が通れるくらいの隙間を作り、牢屋の中へ入っていく。

急な出来事に呆気にとられていた男の子も、侵入者が近づくのに我に返り攻撃体制をとった。


「ねえちゃんにちかづくな!

だれにもふれさせねえからな」


近くに来て分かったが、男の子は食事もまともに食べていないのかガリガリに痩せている。

少女に至っては何らかの病に侵され、永くはもたないと思われる。

苦しそうな息づかいで見ている側も辛くなる程だ。


「小さいのにお姉ちゃんを守って偉いね…。

病気を治してあげたいから少しだけ見ても良いかな?」


タルトは優しく語りかけ、ゆっくりと右手を前に出す。


「来るなあぁーーー!!」


男の子の小さいが鋭利な爪がタルトの柔肌を切り裂き、鮮血が飛び散った。

手に付いた赤い血を見て、自分が何をしたかを理解し、その場にしゃがみこむ男の子。

タルトは苦痛に顔を歪めながら、優しく男の子の頭を撫でる。


「怖かったんだね…もう…大丈夫だからね。

ここで良い子で待っててね、お姉ちゃんを元気にしてあげるから」

「ぅ…ぅ…ほんとに…ほんとに…げんきになる…?」

「お姉さんに任せなさーい!!」


男の子の脇を通り、少女の横にしゃがみ病状を確認する。


(ウル、何の病気か分かる?)

『マスター、肌に触れてもらえますか。

…汗の成分とスキャンした結果は肺炎と思われます。

ただ、栄養失調で衰弱が激しいようです。

先程、購入したお土産の食材から薬が精製出来ます』


「リーシャちゃん、さっきのお土産を貸して。

鉄製の鎖を成型して…コップが出来た!

これに水とこれと…これ…よし、完成!」


水と買ってきた食材を分解し、調合することで薬を精製する。

少女をゆっくりと起こし、口移しで薬を飲ませた。


(ウル、全開で治癒魔法いくよ!)


タルトの髪が変装時の黒から元の金色に変化していく。

少女にかざした両手が光輝き、治癒魔法を一気に掛ける。

少女の細胞は活性化し、飲んだ薬の効果が速効で最大限発揮され、みるみると顔の血色が良くなっていく。


奴隷商人に捕まり牢屋に閉じ込められ、絶望しかなかった日々。

突然、現れた少女が牢を破壊し、死にそうだった姉を治療している。

その姿は美しい金色の髪に透き通るような白い肌、久しく見ていない光を放っておりまさしく女神として映った。


治癒魔法の光が消えていくと、少女の目がうっすらと開いていく。


「ねえちゃんっ!!」

「…ん…ここは…?わたしは…いったい…」

「もう大丈夫だよ…よく頑張ったね」


少女をぎゅっと抱き締める。


「おねえさん…あったかくていいにおい…」

「怖かったよね…もう心配要らないからね。

そうだ、君もこれを飲んでごらん。

栄養たっぷりで凄く元気になるよ」


薬の入ったコップを男の子に渡す。

この液体には薬の成分とバランスよく栄養が配合されていた。

もう全く疑いを持っていない男の子は、一気に飲み干していく。


「それとお菓子もあげるから仲良く二人で食べるんだよ」

「あの…さっきは…ごめんなさい…」

「さっき?ああ、腕の傷かな?

ほら、もう大丈夫だよ」

「きずが…ない!?

おねえちゃんはめがみさまなの…?」

「女神様って呼ばれる事もあるけど、普通の人間だよ。

そう…二人に酷いことをした人間の一人なの…。

怖い思いをさせて本当にごめんね…。

でもね、優しい人も沢山いるから嫌いにならないでね…」

「にんげんはこわいけど…おねえちゃんはだいすきだよ!」

「うん、お姉さんも二人の事、大好きだよ!」


暫く二人と話したあと、自分の町へ連れていく約束をして立ち上がった。

優しい笑顔で手を振りながら牢屋を出て、廊下で待っていた奴隷商人の前で立ち止まる。

顔をあげたその目には激しい怒りの炎が宿っていた。

その気迫と渦巻く魔力で生きた心地がしない奴隷商人。

冷や汗は止まらないが、殺気とも感じ取れる気配に空気が冷たく感じる。


「貴女は…一体…?」

「私はタルト。

バーニシアで聖女と呼ばれる者です」

「貴女が噂の…」

「ここにいる二人も私が買います。

全員、バーニシアのアルマールまで運んでください。

但し、連れていくときは怖い思いをさせずに丁寧に扱うこと。

あと今後も全て私が買い取ります。

奴隷としてではなく保護として連れてきてください。

保護でもちゃんと料金はお支払します。

ですが、もし…」

「もし…何ですか?」

「保護のために村を襲撃したり、保護したものを虐待や酷いことをしたら…。

私が全力であなたを破滅させます!!!」


暴走する魔力で壁にヒビが入る。

リーシャとミミはノルンの後ろに避難している。


「わ、わかりましたっ!

聖女様の言いつけ通りに対応させて頂きます!!」

「ふぅ…良いでしょう。

今回は信じますから約束は守ってくださいね」


台風一過のようにピタッと静まり、元の陰惨とした地下室に戻った。


「帰りましょう、ノルンさん」

「あ、ああ、そうだな」


帰りがけに一階にいた奴隷にもお菓子を分け与え、奴隷商人の建物から出ていった。


「タルト殿、このような事はこの世界のどこでも起こっていることだ。

ここにいる者だけ救っても解決にはならんぞ」

「それは分かってるんです…。

これが現実で…獣人や悪魔を恨んでる人もいて、簡単には変えられない事なんですよね…」


ここでじっと見守っていたミミがタルトの手をぎゅっと握る。


「タルトさま…ミミはじゅうじんのまちにいたときにおなじこうけいをみたのです…。

でも、そのときのどれいはにんげんさんだったのです。

にんげんさんにかぞくをころされて、うらみをはらすようにひどいしうちをしていたのをみたのですて…。

そのときはかわいそうだとおもったけど、それがふつうだとおそわってて…」

「ミミちゃん…。

ミミちゃんは何も悪くないよ。

ううん…誰も悪くなくて、この世界が歪んでしまってるのかも…。

もし、リーシャちゃんや皆が殺されたら、私だって相手を憎んだり恨んじゃうと思うし…もしかしたら殺しちゃう…」


今度はリーシャがタルトに抱き付き、小さい手でぎゅっとしがみつく。


「タルトさまならかえられます!

リーシャはタルトさまにであってから、ずっとしあわせです。

シトリーさまもおうかさまもさいしょはてきだったけど、いまはたいせつなかぞくです!」

「リーシャちゃん…」

「そうだな、タルト殿、私もずっと傍で見てきたが貴女ならいつの日か出来るのでは、と信じている。

私のなかで数百年の常識が変わったのだ、皆も分かってくれる日も来るだろう」

「みんな、ありがとう…。

そうだね、ちっぽけな私なんだから欲張らず小さな事から頑張らないと。

まずは目の届く範囲だけでも守れるようにしないとね」


決心を新たに王城へ戻る一行。

既に夕暮れになっており、翌日はいよいよ七国会議が開催される予定である。

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