東谷 沢崎 M

 死ぬことを覚悟した東谷だったが、不意にMの力が弱まった。


 ズルズルと、Mの羽の中で自分の体がずり落ちていくのを感じた。力を振り絞り、Mの体を突き放すようにする。


 意外なことに、Mは脆くも蹌踉け、東谷から離れていく。


 これは――? 


 呆然とする東谷。


 Mは「ググググググッ……」と呻き声を上げながら、よろよろと彷徨うかのように歩き続けていた。グルグルとその場を回り、そして、ついに倒れ込む。のたうつように這いまわりはじめた。


 異変を感じた沢崎達が立ち止まった。そして、駆け寄ってくる。


 「彼女達が成功したんだ」東谷は絵里香の顔を思い浮かべながら言った。


 「ああ。よくやったぜ。命拾いしたな」


 沢崎が、この男には似合わないような、ホッとした表情で言う。


 Mは飛べなくなった蛾のように、地べたをバタバタと動きまわっていた。目の光がどんどん弱まっていく。薄い赤がもの悲しく感じられもした。


 國府田と国広が駆け寄ってきた。


 「銃を貸してくれ」


 沢崎が手を差し出すと、国広が銃を渡した。何も言わなかったが、國府田が東谷に同様に差し出してくる。


 東谷と沢崎は頷き合い、のたうつMに銃口を向けた。そして、弾が尽きるまで撃ち続けた。


 Mは「ギー」とか「グググッ」という鳴き声を洩らした。これまでとは比べものにならないくらい、弱い響きだった。


 そして、目の光が消えるとともに、ピクリとも動かなくなった。


 死んだのか――?


 わからなかった。しかし、驚異でなくなったのは確かなようだ。東谷は銃を放り投げると、「ふうっ」と一息ついた。






 長尾美由紀と、沙也香を抱いた国広みどりがゆっくり歩いてきた。その姿を、東谷も沢崎もぼんやりと見つめていた。その時は、さすがの2人も隙だらけだった。


 沙也香の顔が突然歪んだ。目を見開き、ある方向を指さす。


 ハッ!


 沙也香の行為により我を取り戻した東谷は、殺気を感じて振り返った。


 黒崎――。


 咄嗟に身構えようとしたが、武器がない。


 その東谷の動きを見てとった黒崎が、銃を撃つ。


 左の肩に激痛が奔り、東谷は倒れた。致命傷ではないが、左腕が動かない。痛みが徐々に強くなり、そして広がっていく。


 沢崎も動きかけたが、黒崎に銃を向けられて止まる。


 くそっ! 


 東谷は歯噛みしながら上体を起こした。


 黒崎は、拳銃を構えたまま肩にかけた自動小銃を巧みに動かし、構え直す。自動小銃の先が、沢崎、東谷、そして他の者達へと順番に向けられる。


 「一瞬で全員殺せる」


 黒崎が冷徹な笑みを浮かべながら言った。


 沢崎は目だけで何か武器を探していたが、この状況で使える物はなかった。舌打ちしながら、黒崎を睨みつけるしかない。


 他の5人も硬直した。


 「代償の多い作戦になってしまった」黒崎が誰にともなく言う。「だが、君たちの命と、このMの死体を持ち帰ることで、どうにか言い訳は立つだろう。礼を言うぞ」


 「子供だけでも助けてやれ」沢崎が言った。


 「ふんっ」文字通り鼻で嗤う黒崎。「おまえがそんなことを言うとは意外だな。残念だが、私の顔を見た以上、全員死んで貰う」


 自動小銃の先を沢崎に向けたまま、黒崎が近づいて来る。


 「これがMか――」


 Mの側まで来ると、黒崎は止まった。その顔が一瞬険しくなる。






 「妙な生き物だな。充分調査させる。まあ、正体が何なのか、君たちが知ることはないが……」


 黒崎は、沢崎への注意を怠らずにMの頭部に足を乗せ、踏みつけた。


 その時だった。Mが突然羽をバタつかせた。


 全員が息を呑む。


黒崎が「うわっ」と声をあげ、蹌踉けた。


 沢崎は素早く動いた。ナイフを取り出すと、黒崎に向けて投げる。


 右肩にナイフを受けた黒崎は、「ぐわっ」と苦痛に顔を歪め、自動小銃を取り落とさないように必死になる。


 沢崎が次のナイフを投げようとする。


 だがその前に、Mが黒崎に飛びついた。


 これまでのように力強く素早い動きではなかった。Mにも必死さが見てとれた。覆い被さり、藻掻く黒崎の首筋に鋭い歯でかみつく。


 「ぎゃあぁっ!」


 血しぶきが飛び散り、叫び声が響く。


 「行くぞっ!」


 突然の惨劇に目が釘付けとなってしまった皆を、沢崎が叫びながら促す。


 東谷も立ち上がり、痛みを堪えて先頭に行く。


 沢崎がダイナマイトに火をつけた。そして、もつれ合うMと黒崎に向けて投げる。


 「急げ」という沢崎の声で、全員走り出す。


 背後で爆音が響いた。


 「Mは死んだと思うか?」


 沢崎が東谷に訊いた。


 「わからん」


 爆音が退いていくとともに、静寂が戻りはじめる。追いたてられるように、皆、もと来た道を戻りはじめた。

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