電車
瀧川戀
第1車 始発前の
まさか日常の一コマってだけの風景が、こんなに胸を焦がすようなものに変わるなんてこの時はまだ思ってもみなかった。
今日は珍しく仕事が定時で終わり早い帰宅になった。
早々に支度を済ませた私は今日のご褒美はビールかな?なんて考えながら電車に乗り込んだ。
「・・・多いな、人。」
こんな時間に帰るのが久々だから失念していた。定時で帰れているということは
帰宅ラッシュ時間ということだ。息苦しいし何より密着するから気分が悪くなる。
何本か遅らせるべきだったか・・・と考えている内に息苦しさから解放されていることに気がついた。
「すまん、少し辛そうだったからスペースを空けさせてもらった。
この通り手は上にある。」
そういった目の前の男は痴漢ではないという意思表示とともに
リュックを前にして私との間に滑り込ませ少し広めに足を広げ立っていた。
背が高いんだな、なんて思いながら小さくお礼を言った。
「ありがとう・・・ございます。」
「ん・・・?いや、何構わないさ。」
目の前の男はまさか礼が返ってくるとは思ってもいなかったのかまるで鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしてそっぽを向いていた。
恥ずかしかったのだろうか。気遣いを受けておいてなんなのだけれど
恥ずかしくなるのなら構わなけれないいのにな、と少し可笑しくなって笑ってしまった。
「んっ・・・くっくっく。」
「なんで笑うんだ。」
「いや・・・お礼を言われて恥ずかしそうだったからつい可笑しくなっちゃって・・・くっくく。」
「失礼な奴だ。」
「ごめんなさい。またここで会えたらそのときはなにかお礼をするわね。じゃ私はこれで。次、降りるから。」
「そうか。分かった、楽しみにしておく。」
なんか無愛想なのに人を気遣っておいて恥ずかしそうにしたり怒って見せたり、忙しそうな人なんだなとそれがあの男の第一印象だった。これが彼との出会いになるなんて思ってなかったしまさかこんな電車の中であったことがきっかけでこんなにも私の人生が彩られていくなんて思いもしなかった。
その「次」の機会がこんなに早く来るとは思ってなかったけど・・・。
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