第13話:幸せな時間
「おーい、そろそろ始めんだけど! 来るならさっさといらっしゃいな……って、なにやってんだお前ら」
施設の二階、窓からギルさんが声をかけてきた。が、固まる二人の美少年と、尻餅をつく私。傍から見れば確かに滑稽な図だろう。アレンくんが真っ先に反応する。
「いま行く! ほら、リオ。立てる?」
「あ、う、うん……そうだ、きみも……って、あれ?」
ちょっと目を離した隙に、あの少年がいなくなってしまった。施設の子だとは思うけど、どこに行ったのかな。伏し目がちで声も小さかったし、落ち込んでるように見えたけど……。
アレンくんも不思議そうに辺りを見回している。本当に跡形もなく消えてしまった。幽霊……というわけではないだろうが、本当にどこへ行ってしまったのだろう。
ひとまずはアレンくんと共に施設の中へ。一階は共用スペースになっているらしく、キッチン、本棚、テーブルと椅子。うん、なんというか豪邸のリビングっぽさがある。ツタが張っていたが、内装は極めて清潔だ。援助があるのだろうか? 国か、それともランドルフ伯爵のような貴族か。なんにせよ、経営難ではないようだ。
職員のお姉さんに通されるまま、二階へ。個別の部屋が幾つかあるようだが、これだけ大きな施設と考えると少ない気がする。大部屋で、複数人で利用しているのかな。案内されたのは奥の部屋。扉を開けると――。
「おう、いらっしゃい! 適当にかけて!」
爽やかな笑顔で迎えてくれるのはギルさん。なのだが、驚いてしまった。彼にではなく、子供の数だ。ざっと見、四十人? 小学校のクラス一つ分はいる。こんなに多くの子供が親の庇護下で育つことができないなんて、やっぱり現実は残酷だ。だからこそ、夢を見せてくれるアイドルを輩出したい。
できればあの子も一緒に来てほしいとは思いはした。けれど、なにも言わず姿を消してしまった辺り、職場の飲み会に誘われたときの私に近いものを感じる。どうして消えたかはわからなかったけど、居た堪れない場所には近づきたくないよね。無理矢理誘われたりしたら吐いてると思う。
「ギルー! まだやんないのー?」
「早くしてー!」
「わかったわかった、急かすんじゃねーよ! ほら、アレン、リオちゃん! さっさと座ってくれ!」
楽しみにしている子供たちに悪いし、そそくさと腰を下ろす。私たちが座ったのを確認したギルさんはニヤリと、妖しく笑った。
「さあ――皆さんお待ちかね、ショーの時間だ。嫌なこと、つらいこと、なにもかも忘れて楽しみな。夢のような時間になるだろうよ、俺が保証する」
自信に満ち溢れた語り口。表情も、声音も、全てが心を揺さぶってくる。趣味でやっていることのはずなのに、妙にさまになっている。きっと何度も拍手喝采を浴びてきたのだろう。その経験が、いまの彼を作っている気がした。
そうして始まった、ギル・ミラーのショータイム。カード、コイン、ステッキなど、多くの小道具を駆使して歓声と拍手を浴びる。そんな彼は嬉しそうでいて慎ましい。喜ばせてやってる、ではなく、喜んでいただいている。エンターテイナーとして、謙虚な姿勢を貫き通していた。その姿はただただ格好良く映った。
夢のような時間になる、ギルさんはそう言った。その言葉に偽りはなく、目の前のことだけに集中できる――目を奪われる時間だった。彼の深いため息と、短い拍手が合図になった。
「歓声、拍手、有難く頂戴しました。楽しんでいただけていたようでなによりです。本日のショーはこれにて終了と相成ります。またの機会をお楽しみに、ってな」
ギルさんが“帰ってきた”。そんな印象を抱いた。パフォーマンス中の彼は落ち着いていて余裕に溢れ、ケネット商店でのおどけた彼とはまるで別人のように見えた。だからこそ、ギルさんがもっと魅力的に見えた。モテる、とは違うかもしれない。けれど確実に、彼のパフォーマンスを見た誰もが心を奪われるだろう。
子供たちもアレンくんも、私も自然と拍手していた。子供たちが大きな声を上げる。
「もう終わりなのー!?」
「もっとやってー!」
「ざーんねん、今日はネタ切れだ。また今度見せに来てやっから、いい子にして待ってな」
子供たちを軽くあしらう彼はまんざらでもなさそうだった。こうして求められることも嬉しいだろう。手早く片づけを始める。すると職員さんがおかしそうに笑って告げた。
「ギルくん、また来てくれるって。ほら、晩御飯の時間だから。みんな一階に集合よ」
「……え? 晩御飯の時間?」
揚々と一階に走る子供たちに置いていかれながら、窓の外に目をやる。なんとびっくり、日が沈んでいる。時間を忘れるほど夢中になっていたようだ。趣味にしては完成されすぎている。素人でいるのが勿体ないくらいだ。コネクションができたら真っ先に声をかけよう。センターの気質ではないかもしれないが、絶対にライブでは映えるパフォーマンスをしてくれる。
今後のプランに思考を割いていると、目の前にステッキの先端が突き付けられた。ギルさんだ。意識を引き戻すと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべてステッキを軽く振った。その先端から白い鳥が現れ、翼をはためかせている。大きく体を仰け反らせると、彼は満足そうに笑った。
「楽しんでくれたみたいでなによりだよ、はっはっは!」
「ギル、あんまりリオをからかわないで」
「悪い悪い、反応が大袈裟だからついな! ワリィね、リオちゃん。楽しかった?」
「は、はい……! すごく楽しかったです!」
「ははっ、よかった! いい仕事したわ! さーて、帰るぞ! 店まで送ってくからよ」
ギルさん主導の元、私たちは孤児院を後にする。本当にあっという間だった。昼過ぎから夕飯時まで、まさに夢見心地だった。あの少年も一緒ならよかったなぁ、って思う。なんの気なしに中庭を見れば――。
「……あっ!」
振り返る二人を置いて走り出す。中庭のベンチにあの少年が座っていた。俯いたまま、寂しそうにしている。なぜだろう、放っておけなかった。一人にしたら自殺しそうな危うい雰囲気、全てに絶望したあの横顔。きっと業績の振るわなかった頃の私に似ているんだ。
私の足音に気付いただろう、少年は嬉しそうに表情を晴らした。けれど、本当に一瞬。私を見て、またがっくりと項垂れてしまった。
「ごめんね、お姉さんじゃなくて! きみ、どうして中に入らないの?」
「……ここで待ってたら、姉さんが帰ってくる気がして……」
「お姉さん、どこかに行っちゃったの?」
「……はい。どうしていなくなっちゃったんだろう……」
少年は俯いたまま。会話が上手く繋がらなくて戸惑うが、不意に掴まれた肩で我に返る。ギルさんだった。彼はほんの少し前の私と同じような顔をしている。
「リオちゃん、どうした?」
「どうした、って……この子が……」
「この子?」
ぽかん、と。鳩が豆鉄砲を食うとこうなるんだなぁという顔になるギルさん。私の言葉が本当に理解できていない、そんな顔だ。アレンくんも同様で、なんて返せばいいのかわからないようだった。彼は私の手を掴み、曖昧な笑みを浮かべる。
「リオ、仕事で疲れちゃったんだよ。もう帰ろう?」
「待って、この子がまだ……って、あれ……?」
振り返ると、少年はまた消えていた。足音もなく、気配すら感じさせず。施設の方を見ても、カーテンのせいで中の様子は窺えない。
そもそも、二人の反応が妙だ。まるで私がおかしくなったかのような言い方だった。私のなにがおかしいのだろう。まさか幽霊でも見ていたというのか? 社畜極まっていた頃だってそんな経験はなかった。いや、幻聴は何度か経験したなぁ……頭がガンガンしてきた。
ひとまず、少年のことは一旦置いておこう。アレンくんも言った通り、きっと疲れてるんだ。まだ社畜の感覚が抜けきってないんだ。だからちょっと幻覚が見えていたのかもしれない。
お父さん、お母さん。異世界でも私は私でした。
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