第3話:ケセラセラ

 デスクの上で小躍りしそうなほど喜ぶミチクサさんは机の下からクリアファイルを取り出す。中身を広げると、なにやらカタログのようだ。


「それではさっそく手続きの方へ進みたいと思います! 不慮の事故課は二度目の人生応援キャンペーンとして、転生者様に特殊な能力をプレゼントさせていただいております! こちらをご覧ください!」


「……武器召喚、不死、四大魔法使用制限解禁。なんでしょうか、このラインナップは」


「転生者様を支援する能力の一覧ですね! 私が薦めているのは、こちらの“保存”になります!」


「内容は?」


「転生者様ご自身の情報を世界に保存し、いつでもそこからやり直せるというものです! 失敗してもやり直せる、どんなハイリスクな仕事でも、繰り返し挑めば確実にリターンが見込める能力となっております!」


 ゲームで言うところのセーブ、ロードのようなものだろう。私は考える。検討の余地はある。もし転生先で死に瀕した場合、アイドルを育ててもその先を見届けることはできなくなる。それは目的を果たす上で大きな問題だ。


 ――しかし、だ。やり直しが利く、という点が引っ掛かる。


 怪訝な顔をしていたことだろう、ミチクサさんの表情に焦りが映った。


「お、お気に召しませんか?」


「いえ、そうではなく」


「では、なぜそのような難しい顔をされていらっしゃるのですか……?」


 どうか自分のプレゼンを貶さないでくれ。


 彼の表情が如実にそう語っている。私は営業職だったが、仮に企画の部署に配属されていたとして、プレゼンを徹底的にダメ出しされたらへこむ。そんなことはしない。私が“保存”に飛びつけない理由、それは――。


「仮にアイドルが理想の成長を遂げなかったとして、理想に到達するまでやり直すのは解せません」


「へ……? ですが、それでは牧野様の思い通りのアイドルには」


「ならなくていいんです。私はですね、ミチクサさん。アイドルが成長していく過程と、自ら選んだ道を歩み続ける背中を見ていたいんです」


「はあ」


「アイドルを育てたいという欲求は確かにあります。けれどそれは、私好みのお人形を作りたいということではないのです。私が心から推せるアイドルたちが、どのような経験を積んで、どのように成長し、輝くか。その姿をずっと見続けていたいわけです」


「はあ……」


「私の思い通りに動く人形に魅力なんてありません。アイドルだって人間なんです。私の所有物になってはいけません。彼らには自らの意志で、自らのアイドル像を定め、歩いて行ってほしいんです。私はその手助けがしたい、そしてその先で輝くアイドルに笑顔を貰いたいんです。自らが選び、答えを掴み取ったとして! それでも彼らは悩むでしょう! ならばそのときは私が寄り添い、支えます! また歩けるように! 何度だって立ち上がれるように! 輝きが褪せぬよう! 徹底的に磨いてあげたいんです! その過程すら! アイドルの輝きを引き立たせる最高のスパイス! 何度もやり直して無駄のない成長を遂げたとしたら!? それは“真の完成品”なのです! なにもかも完璧なものに心を動かすことはできない! 欠点こそ人を人たらしめる要素! いいですか、欠点というのは共感を生むことがある! 共感は対象をより身近に感じさせ、親しみを抱かせる! アイドルは星のような存在ではありますが無機物ではない! 人間です! このボールペンに! クリアファイルに! あなたは心を動かされますか!? 親近感が湧きますか!? インクが出にくくなったら『頑張れ!』クリアファイルが折れたら『負けるな!』と思いますか!? そんなことはあり得ない! ここまで言ってまだアイドルがなんたるかをご理解いただけませんか!? やり直しが利く育成など退屈極まりないのです!」


「わ、わかりました! 痛いほど伝わってきておりますとも、ええ! そうですね! “保存”は却下ということで!」


「ご理解いただけたようでなによりです。すみません、少々熱くなってしまいました」


「いえ、お構いなく……あ、お水どうぞ」


 ミチクサさんが差し出したのはペットボトル。コンビニに売ってるものに酷似していた。どこで仕入れてくるのだろう。流通経路が若干気になる。水を含み、ようやく一息吐いたところで、困ったように眉を下げたミチクサさんが口を開いた。


「で、では……牧野様はどのような能力をご希望でしょうか? 条件に近いものを私がピックアップさせていただきます」


「私の希望ですか……」


 アイドルを育成する上で有利になる能力が望ましい。育成のやり直しは願い下げだが、そもそも私はアイドルのレッスンなどなにも知らない。となれば、任意のタイミングで適切な情報を得られるものになる。ダンスのレッスンではなにをすべきか、ボーカルレッスンは? 場合によってはお芝居も必要になってくるかもしれない。転生先に劇団やドラマという文化があるならば、の話ではあるが。


 考えていても仕方がないので、ひとまずはミチクサさんに尋ねる。


「情報を瞬時に引き出せるような能力はございますか?」


「情報を?」


「ええ、図書館とか、インターネットのような……」


 適切な表現が思い浮かばなかったが、最も望ましいのがこれだった。


 ミチクサさんは考え、唸り声を上げている。魔法なり不死なりと非科学的なラインナップだったのだ、それくらいあってもいいだろうに。あまりにも唸り続けるミチクサさんに、しびれを切らして突いてしまう。


「もしや、ご用意されていない?」


「あるにはあるのですが……」


「おすすめはできない、といったところでしょうか?」


 頷くミチクサさん。理由は大方、転生先での生活に明確な有利を持ち込めないからだろう。魔法の使用制限がない、死なない、武器を自在に作り出せる。私たちが一般にイメージするファンタジー世界だと仮定すると、これらの能力は転生者に大きなアドバンテージが確約される。


 私のような、ある種の異端者を担当してしまうなんて。この人も運がない可哀想な人だ。人に恵まれないという点では会社員時代の私にも通ずるところがある。


「これまで担当してきた皆様は、生前に相当鬱憤が溜まっていた方ばかりで……わかりやすく優位に立てる能力を望まれていましたので……」


「ああ……まあ、こんなご時世ですしね……それでも構いません、詳細をいただけますか?」


 どうなっても知らないですよ、と独り言ちるミチクサさん。私の希望が難題だったにしても、その対応は如何なものか。彼もまた大変だとなんとなく察しているので、敢えてなにも言わないでおく。


「牧野様がご希望の能力ですが、これは“データベース”というものです。こちらは世界で認知されている、あるいは記されている情報を適宜収集できるというものです。また、対象の情報を数値で確認することもできます」


「……つまり、アイドルに必要なスキルに関する記述や知識が存在しなかったら?」


「宝の持ち腐れ、ですね……」


 今度は私が考える。ボーカル、ダンス、あるいはお芝居。そういった芸事が存在しない世界だとしたら? ただのなんでも知っている人になってしまう。それはそれで価値が高そうだが、アイドルを育成するという目的を果たせないのならもっと有用な能力があるのでは?


 押し黙る私。ミチクサさんの焦りが目に見えるが、それでも慎重にならざるを得ない。そのとき、私の中に一つの疑問が湧いた。


「ミチクサさんは、転生先の世界についてご存知ないのですか?」


「……あは、ははは……」


「……なるほど」


 霊魂案内所と言いながら、転生先の異世界についてなにも知らないとは如何なものか。円滑に案内できるように、安心して転生できるように準備くらいするものではないか。会社員として同情できる箇所が多々あったが、これにはさすがに目を細めてしまう。


 ミチクサさんは途端に狼狽して、空気を撫で回すように慌ただしく手を動かした。


「ああっ、違うんです! これはですね! そういう決まりなんです! 転生者様のご意向に沿った世界をピックアップ致しますが、どの異世界に転生するかは指定できないんです! 申し訳ございません、申し訳ございません!」


 デスクに頭を叩きつけんばかりの勢いで謝罪するミチクサさん。ここまで必死に謝られるとこちらとしてもなにも言えなくなってしまう。私も人のことを言えた義理ではなかったが。


 そういう決まりならば、もう仕方がない。潔く現実を受け入れるべきだ。そうなると、能力はどうするべきか。アイドル育成と、不自由のないセカンドライフと。どちらを選ぶべきなのか。


 ――あれ? 答え、とっくに出てるよね?


 ブラック企業に勤めて、やりたいことすらろくにできず。


 仕事に追われ、精神を擦切らせ。


 寝て起きて満員電車に揺られる日々を十年ほど続けて。


 やっと解放された第二の人生。やりたいことをやらないなんて、そんな馬鹿な話しがあるか。いまだデスクにヘッドバンキングを決めているミチクサさんに声をかける。


「私、決めました。“データベース”をいただきます」


「えっ、えええっ!? 正気ですか牧野様!?」


 やっと目が合ったと思えば、正気を疑われる。ミチクサさん、この仕事向いてないのではなかろうか。


 呆然といった様子のミチクサさんに、私はぐっと拳を握る。なにを勘違いしたか、彼は体を仰け反らせて震えた。別に殴ったりしないのに……過去にそういう事例があったのだろうか。


「ようやく仕事漬けの日々から解放されるんです。やりたいことを存分にやって、二度目の人生を謳歌しますよ」


「で、では、本当に“データベース”でよろしいのですね?」


「はい、ドルオタに二言はありません」


 そんな言葉は存在しないのだが、私の決意を示すには充分だと思っておく。ミチクサさんも観念したのか、ため息混じりに頭を掻いた。あまりにも異質な案件だったことだろう。申し訳ない気持ちもある。


 けれど、私は私のやりたいことに素直になる。異世界で、なにより輝くスターを育てる。私が最初のファンで在れるような、最高のアイドルをプロデュースするのだ。躊躇なんて、遺体に残しておけばいい。


 ミチクサさんはなにやら書類にペンを走らせ、不安そうに私を見つめる。


「かしこまりました……それでは、これより異世界転生を行います。リラックスしてくださいね」


「え、いきなりなんですか? そういう設備があったりとかは……」


「しないです。舌を噛まないようご注意ください。それでは、最高の人生をお送りくださいませ……」


「えっ、ちょっ――」


 唐突の浮遊感。からの落下。どうやら底が抜けたらしい。こんな乱暴な送り出し方があっていいのか、下手すればクレームものだ。


 声にならない叫びを上げながら、私はどこかへ落ちていく。本当にこんなやり方でいいのか。見直した方が絶対にいい気がする。霊魂案内所にアンケート用紙があるのならば、真っ先にこのシステムへの疑問を書き連ねてやる。


 それと同時に、諦めのようなものも感じた。自然と笑えてくる。勿論、愉快なわけではない。


 ――もうなるようになれ。一度死んでるんだから、怖がることなんてなにもない……。


 落下するにつれて意識が遠退いていく。まさか転生失敗でこのまま二度目の死を迎えることもないだろう、そう願いたい。


 無事に転生し、異世界での第二の人生に期待を抱きながら目を瞑る。願わくば、芸事が存在する世界でありますように――。

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