Box -夢追うボクと、結ぶ兄-

takuyan98

第1話 帰還

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「……ここは……」


 強烈な光を急に浴びるというよりは、優しい光がずっと目に指しており、その刺激に脳が根負けしたような形で目が覚めた。重い瞼を開けるとそこにあるのは見慣れない漆喰の、何とも表現しがたい模様が散りばめられた天井である。強いて言うなら学校の天井のようにも見えたが、横にカーテンのような布のビラビラが見える。周りをもっと観察しようと身体を起こそうにも、自分の意識だけが先行するかのようにピクリともしない。まるで金縛りにでもあったかのようだーー。


「おお、やっと……起きたか!」


 その声は父親の勝人のものだった。眼球だけでその方向を追い、その存在を確認する。


「お前が最後だ、本当に、戻ってきてよかった」


 どうやらボクは3週間ほど寝込んでいたらしい。意識が戻らない間のことよりまず気になったのは、このような状況になったその理由である。これに関して、勝人は口をつぐんだ。そうゆうことは、これからゆっくりと話していけばいいんだ、そう言う勝人に対して回答を急かすことも難しく、叶人は自分の朧気な記憶を辿るようにして退屈な日々を過ごした。




 二週間ほどの経って退院を次の日に迎えたある日、勝人の口から締め切りが目の前まできて諦めたかのように事の顛末を聞かされたのである。


「いつかは、必ず言わないといけないしな……」




 時は今年の3月の初旬、清瀬家は兄の結斗の中学卒業記念ということもあり、家がある愛知県の名古屋市内から少し離れた、岐阜の山間の温泉宿に家族で卒業旅行に向かっていた。何かの節目には必ず家族で旅行をする、絵にかいたような仲睦まじい家族であると自分でも自慢のように思う。


 父が運転をし、母親の広子が助手席に乗ってナビゲーションをする。そして後部座席には結斗とボクが乗って前後左右に行き交う会話を楽しむのである。出発は午前中に家を出たが、途中で色々と立ち寄ったのもあって、到着する頃には既に日も落ちかけ、後部座席のボクらは意識をもたげていた。そんな時ーー。


 キキーーーーーッ!!


 通常の人生を送っている分にはそうそう聞き慣れない音と、重力が捻じれてひっくり返る感覚に、意識を現実に引き戻された。ボクが記憶があるのはそこまでである。そして今は、こうして病室で父と向き合っているーー。




 そんな現実離れした話が、本当に今ボクの身に起きているのか? 勝人の話を聞いただけでは何も現実味がなくTVの世界の話のようにも聞こえた。しかし、この桜の季節に自分が正に病室にいるという事実と、何度も見舞いに来る人物が一様に父親だけで、母・広子と兄・結斗の影も形もないという状況の不自然さが、それを裏付けているとも同時に思った。


 これは悪い夢だ、この目で全てを見るまでは信じないぞーー。


 最後の望みは、自分が持つ強い気持ちだけだったが、最高のシナリオが元の家族という絶望が相手では、中学3年の叶人には荷が重いとも、流石に思った。




 窓の外の散る桜が、悪戯に叶人を駆り立てた。この桜が散る前に、家に帰らないとーー。そこに大した意味はなかった。それでも、同じ日に全てが散って消えるのは、失うものが余りにも多すぎるじゃないか、叶人は単純にそう思ったのだ。


 それを尻目に、桜は容赦なく花びらを空間に放っていた。桜に罪はないが、止めてくれよななんて、無理難題まで気が付けば口から洩れていた。




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