ウォームスリープ
「博士、ずいぶんと久しぶりですね」
「ああ、私が新たに発明した『ウォームスリープ』を使って、完全睡眠の実験をしながら時を進ませていた。これから訪れる宇宙時代は、年を取らずに時間だけを進める技術が不可欠だ。光速のロケットでも、一番近い惑星に行くには何百年もかかるからな」
「宇宙旅行にでも行くのですか?でも、コールドスリープなら聞いたことがありますが『ウォームスリープ』なんて、聞いたことありませんよ」
「私はある温度条件に人間を置くと、ホルモンバランスと免疫力が活性化して、若返り効果があることを発見した。細胞分裂によって減っていく染色体の末端部、テロメアを再生するのだ」
「凄い発明ですね。宇宙旅行より、若返り美容や不老不死の健康グッズとして大儲けできそうです」
「ロマンのないやつだ。キミは直ぐにお金に結び付けたがる。これは危険な道具だぞ。人間が死ななくなれば、タダてさえ破綻している年金制度が崩壊する。国家存亡の危機が訪れるではないか」
「不老不死は、太古からの人間の欲望です。国家の一つくらい無くなってもしかたありません」
「いやいや、人類が増えすぎて資源や食糧の奪い合いから戦争が起きるではないか」
「それこそ、博士の活躍の場ではありませんか」
「キミ、少し見ない内に性格が変わったんじゃないか」
「そうですかね。成長したと言ってください。それよりもったいぶらないで『ウォームスリープ』とやらを見せていただけませんか」
「おい!ロボット君。『ウォームスリープ』を持ってきてくれ」
『ハカセ。カシコマリマシタ。イマ、オモチシマス』
「まだ、あのブリキのポンコツロボを使っているのですね」
『オマエ、オレハ、ポンコツ、チャウ』
「ロボット君、喧嘩は後だ。早く『ウォームスリープ』を持ってきてくれ」
ギギー、ウガウガ。
『ハカセ、モッテ、キタゾ』
「博士・・・。私にはただの布団に見えますが・・・」
「良い所に気づいたな。棺おけみたいな機械の中に入れられたのでは、体も心も休まらんじゃろ。ストレスでかえって老ける。馴染みのある布団型にすることで、安らかな眠りが得られると言うものだ」
「さすが、博士。世間の発想とは逆を行く。お見逸れしました」
「・・・。ロボット君!まさかこれを洗ってないよな」
『ハカセ、ヒトツキ、ネテタ。フケツ!モチ、アラッテ、ヤッタゾ』
「大変だ!洗濯水と共に睡眠活性触媒が外部に漏れ出た。洗剤と融合すると科学変化を起こすのだ。下水道に流れる洗剤と反応して大量の睡眠活性物質を生み出してしまう。キミ、テレビをつけてくれ」
『大変です!こちら、中継の鈴木です。突如発生したピンク色のガスによって、街中の市民が一斉に眠りこけております。被害地域はどんどん拡大しております』
『どんなに揺すっても起きません。このままいくと街中、いや世界中が眠りの世界に・・・』
『鈴木さん、どうしました。仕事中ですよ!寝ないでください。あれ、私も段々と眠くな・・・っ・・・て・・・』
「手遅れか・・・」
「博士、これからどうなるのですか。まさか全人類が眠りこけるとか」
「大丈夫だ。発生源の近く以外、気のはっているものは脳内のアドレナリンの作用で直ぐには眠くならない。交通事故などの事故は防げるだろう。しかし、一度寝てしまったら一月は目覚めない」
「そんな。私は来週、大学の定期試験があるんです」
「気にするな。その頃には世界中が眠りこけておる。人類が目覚めて一斉に活動できるのは一月後だ。ロボット君。その布団を貸してくれ」
「まさか博士、寝るんじゃないですよね」
「その通りだ。キミもロボット君に布団を用意してもらってくれ」
「では、お休み」
------
『ハカセ、オマエ。オキロ!ヒトツキ、タッタゾ』
「うーん、良く寝た。ロボット君!人類はどうなった」
『ミンナ、ネタ。グッスリ。ンデ、ミンナ、オキハジメタ』
「そうか」
「博士、おはようございます。一月も寝たなんて嘘のようです。昨日寝て、今朝目覚めた気分です」
「どうやらキミも私も半年は若返ったようだ」
「そっ、そうですか。そう言われると少しだけ体が軽くなった様な。半年ですか。微妙ですね」
「だろう。人類全体が若返ったぞ。時を戻したようなものだ」
「博士、ところで原子力発電所とか核ミサイルとか危険な施設は誰も管理しないで大丈夫だったのですか?人工衛星が軌道を外れて落下するとか、石油プラントが爆発するとか」
『モンダイナイ。オレ、スベテ。コントロール、シタ』
「・・・。博士。このポンコツロボットって・・・」
「ああ、大災害時に役立つと思って、世界中のインフラを自由に操れるようにしてある」
『オレ、ポンコツロボ、チャウ。チキュウ、アンゼンカンリロボ。オレ、セカイ、スクウ、ヒーローダ』
「・・・。博士・・・」
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます