透明人間

「博士。『物質転送装置』も『タイムマシン』も、世の中には出せない危険なものになってしまいましたね」


「うむ。しかし私は負けない。発明こそ私の人生だ」


「さすが博士!で、次はなにを開発されるんですか」


「それがネタに困っておる。たまにはキミの意見を聞いてやろう」


「ほっ。本当ですか!でしたら、あの『透明人間』なんてのは。SF界の定番です」


「それは不可能だ。物体を透明にしたら分子や原子の性質そのものが変わってしまう。人としての機能を保てない。仮に透明にできたとしても、なにも見えんぞ」


「・・・」


「眼球の中の網膜に光を感じるから物が見えるのだ。透明にして光が通過したらなにも見えない。それにだ。体をガラスのように透明にできたとしても、コップと同じで見えてしまう」


「・・・」


「さらにだ。自己とそうでないものの区分けができない。食べ物が空中で消化されるさまはおぞましいぞ。大腸にたまったあれも丸見えだ」


「それは恥ずかしい」


「医学の進歩には役立つが、しかし・・・」


「博士、今回に限っていやに科学的ですね」


「ばかもん。私は科学者であり、世紀の発明家だぞ」


「なら、光学迷彩とかはどうでしょう。カメレオンや昆虫の擬態を応用するとか」


「なにを言う。あんなものはまがい物だ。薄暗がりでしか通用せん」


「・・・」


「ひらめいたぞ。要は周りの人間に自分の存在を意識させなければよいのだ。認知科学を応用しよう。すばらしいアイデアだ!」


「小学生向けのマンガにあったような」


「ん、なにか言ったか」


「いえ、なにも。でもそんなことが現実にできるのですか」


「私をバカにしているのかね。そこで待っていろ」


ガッチャンポン、ギーギー、ドッチン、ガーガー、ガキガキ、ブー、トンカラ、ピー。


「ほらできたぞ」


「怪しげな機械や生物が見えたような気がしますが見なかったことにします。で、どんな原理なのですか」


「まあ、簡単に言うと香水だ。この匂いの付いた者の存在を意識しなくなる。では試してみよう」


シュッシュッ。


「は、博士。どこですか。ウハハハハハ。くすぐらないでくださいよ。子供じゃないんですから」


シュッシュッ。


「消臭剤を吹きつければこの通り。見えるようになるぞ」


「博士。すごいです。博士が透明人間になったのと同じでした」


「そうだろう。だが、人間に意識されなくでも防犯カメラには映るからな。変な気は起こすなよ。良いことに使うのだぞ」


------


「で、どうだった。透明人間になって良いことができたかな」


「はい。街で煮え切らないカップルを見つけたので、男の側によって『キミが好きだ』と彼女に向かって叫んでやりました。彼女が涙を流して喜んでました」


「キミらしくない良いおこないだ。他には」


「はい。ヤクザの事務所に忍び込んで、拳銃を盗み出して警察に置いてきました」


「危険な行為だが、まあいい。おや、ヒーローになれたのにずいぶんと浮かない顔をしているな」


「それが、ついうっかり消臭するのを忘れて家に帰ったのですが、家族の反応がいつもと変わらなくて」






おしまい。

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