ドライなアイツはジャンケンでいつもパーを出す

かさかささん

第1話 ドライなアイツ

 昼休み。

 

 小学生、または中学生あたりまでは学校で配給される食事。俗に言う給食を食べる事を余儀なくされるが、高校生にもなると選択の幅が大きく広がる。

 

 弁当を持参する者。

 

 学食へ向かう者。

 

 購買までパンを買いに走る者。

 

 この三つが大半だろう。そしてこの男、手之内啓は弁当を持参する者の部類に入る。


「ん?」


 せっかく弁当を持って来ているというのに、なんと飲み物を買うのを忘れてしまった。これでは予め弁当を持ってくれば済むというのにわざわざ購買や学食へ行く輩と同様に、教室から屋外への移動が必要となってくる。


「……面倒だな」


 ボソリと呟き、席を立つ。


 すると、その動きをじっくりと観察している者が居る事に気が付いた。が、何の用かと話しかけるのも面倒なのでそのまま教室を出る。


「ちょっとちょっと! 今アタシが見てたの絶っ対気付いてるでしょ!? どうして先に行くかなぁ?」


 教室を出て数メートル辺り来た地点で、後ろから女子の声がした。だが、自分としてはさっさと飲み物を買いに行きたいのでそのまま等速で歩き続ける。


「ねぇねぇ待ってよ手之内クン、これから飲み物買いに行くんでしょ? だったらアタシの分も買ってきてよっ」


 何故かいきなりパシリ扱いされそうになるが、聞かなかった事にする。変わらぬスピードで歩を進める。


「イヤなの? じゃあ平和的にジャンケンで決めよ。負けた方が勝った人の飲み物を買ってくるって事で、ねっ?」


 いつの間にか隣を歩いている謎の女子。顔はどこかで見たことがあるが名も無き女子。どうやらどうしても飲み物を買いに行かせたいようだが、わざわざジャンケンをする理由もないので断ることにした。


「嫌だね」


 拒否。


 はっきりと、確かにそう断った。


「えー、いいじゃんいいじゃん。ジャンケンしようよ」


 それでも食い下がってくるしつこい女子。面倒な奴だ。


 一体全体何がしたいのか、結局そいつは教室からいくらか離れた場所にある自動販売機までついてきたのだ。


「もぉ、手之内クンが勝負してくれないから自販機まで着いちゃったじゃん」


 自分の足でここまで歩いてきたにも関わらず人のせいにしている横暴な女子を無視して、ウーロン茶を購入すべく財布から小銭を取り出した。


「待って待ってちょっと待って、ジャンケンして負けた方がオゴリね。ほらほらいっくよー、ジャンケン――」


 チャリン。


 流れるように投入口に硬貨を入れて、ピピッとウーロン茶の下に位置する青いボタンを押した。


 ガコン、とワンテンポ置いてから転がり落ちる冷えたアルミ缶を取り出す。


「もぉ、無視するなんてひっどーい!」


 ジャンケンはしないと告げたというのに何故かご立腹のようだ。それにも関わらず帰りの道のりまで文句を言いながらついてくる、しつこい奴も居たものだ。


教室に着いて飲み物を机の上にスタンバイ。次いで弁当箱を開けようとしたが、正面にはさっきから纏わりついている女子が居た。


 誰の席かは分からないが一つ前にある空席に座り、ジッとこちらの様子を伺っている。が、さほど気にならないので弁当箱の蓋を外す。


「いやいやここまできたらちょっとは興味持とうよ! どうしてそんなにジャンケンしたがるの、まさかコイツ俺に気があるんじゃ!? とか色々言うことあるでしょ!」


「…………」


 カシュッ。


 ウーロン茶の入った缶を開け、飲み口にストローを入れて飲み始める。


 缶に入った飲み物をわざわざ首を上げずして飲み干せる、実に画期的な飲み方である。


「うわっ、それ男らしくない!」


 人の素晴らしい飲み方にケチをつける。ジェンダー社会に喧嘩を売るような発言をしてケチをつけられる。そんな事は気にせずメインディッシュのフルーツ盛りアイスケーキをパクリ。


「うおおおぉっ! 何で弁当箱にケーキぃ!?」


「アイスケーキだ」


 訂正して、弁当箱に備え付けられているドライアイスをフォークで指した。


 シャリッ、チュゴッ。


 ひんやりとしたクリームと共に口の中に甘みを届ける冷凍ミカンの入ったアイスケーキと、ウーロン茶の淡白な味わいは悪くない組み合わせ。そこで鞄から取り出した今日の朝刊をバサリと開く。


 ガザッ、ガザッ。


 一面をスキップして三面記事あたりに差し掛かった所で、何やらねっとりと物欲しげな視線がアイスケーキに注がれていた……が、気にせず次の記事を読み始める。


「ケーキいーなー、ねぇねぇ、一口ちょうだい」


「嫌だね」


 お断り。セールスマンでなくとも頑なにお断りした。


 しかし、そんな事で心折れる女子ではなかった。


「わかったわかった、じゃあジャンケンだね。もうジャンケンするしかないよね、アタシが勝ったら一口もらうからね」


 一体何を理解したのか、強引にジャンケンを要求する女子。しかも自分が勝った時の事しか考えていないようだ。


「俺が勝ったらどうする? 先に言っておくが、その食いかけのパンはいらん」


 いつの間にか人の机で食べ始めているメロンパンをフォークで指す。


「アハハハハ、アタシが勝つから決めてもしょうがないと思うけどね。じゃあもし手之内クンが勝ったらアタシの事、好きにしていいよ……なーんて――」


「いらん」


 即答。


 考える余地も無く即答。視線はすぐに新聞紙に向けられた。


「ひどいっ! アタシの事を食べかけのメロンパンと同じくいらん物扱いなんて! これでもこの小さくなったメロンパンよりおっぱいおっきいもん!」


 何故か悔しがっている。やかましい声をBGMに再び食事を続ける。


「もうっ!」


 シャリッ!


 何を思ったか、いきなり逆上して人のアイスケーキを勝手にパクリ。


 この行動はさすがに予想外。新聞紙をずらし、チラリと女子の顔を見て。


「……ふぅ」


 ため息一つ。


 怒りも見せず、文句も言わず、悔しがるどころかまるで何事も無かったかのようにして再びアイスケーキを食べ始めた。


「……冷めてるね」


「冷えてるの間違いだろ?」


 新聞紙越しに返答する。


 それに対し、人様のケーキを勝手に食った女子はフルフルと首を振ってから口を開いた。


「ケーキの話じゃなくて、手之内クンの事だよ」


「…………」


 黙々と、ケーキとウーロン茶を交互に摂取していく。


 冷たい反応。


 大概はこうした行動を取ることで関わるのを止めていく者が大半だが、この女子は少々面倒な人間だったようだ。


「でも、これでジャンケンするしかなくなっちゃったね。だってアタシが勝った時の賞品は、もうもらっちゃったんだから」


 アハハと笑う。


 もっともらしい理由をつけて、強引にジャンケンをする構えを取った。


「……ジャンケンか」


 それは、ほんの小さな子供でも出来ることだ。


 誰もがルールを把握しており、広い場所も特別な道具も必要無い。それでいて極めることは永遠に不可能とも言われている究極の遊戯。

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